廃墟を見かけると、しげしげと見ずにはいられない。
それも民家や小さな工場なんかの廃墟。
まぁ、見つけても時間的に見られないことはあるけれど。
後ろ髪ひかれる思いになる。
あぁ、見たい。見たい。中に入り込んで見たい。
でも、だいたい中には入れない。
崩れ落ちそうなのは危ないし、不法侵入とかの件もあるし。
そっと覗くくらいは出来ることもある。
前の前に住んでいたところにはそういう廃墟がいくつもあった。
半分崩れかけた木製の食器戸棚に皿や丼なんかがほこりまみれになってそこにじっとしている。
どんな気持ちで居るんだろう・・・
ここに人の気配があった頃、これらの食器はもっと美しく
洗い清められ出番を待っていただろう。
押入れの襖の桟が折れ、汚れ、破れ、
中から汚れた綿のこぼれ出ている布団がずれ落ちそうになっている。
人の気配のあった頃、この布団は干され、お日様のにおいがし、
人をぬくぬくとさせただろう。
これに寝ていた人はたぶんとっくの昔に死んでしまっているんじゃないかな。
食器の模様も布団の柄も戦前からあるような物のように見えるから。
この家がまだ生き生きとしてた頃、
何人かの家族がここに住み、いろんなことを思い、し、
きっと一所懸命に生きて喜んだり悲しんだりしてたんだろうなぁ・・・
どうしてこういうものを見たいと思ってしまうのか・・・わたし。
街に新しい建物が突如現れたように思うことがある。
あれ、ここ、前は何があったんだっけ・・?
毎日通る道じゃないけど、
二、三か月前、ここはこういう景色じゃなった・・・
けれど、何があったのか思い出せない・・・
こういうことに、あぁ、また街がひとつ変わったと思うけど、
あまり切なさは感じない。
廃墟は違う。そこに人の気配をまだ付けている家具や日用品がじっとしていながら、
実際はじっとしてなくて変わり続けているんだけど、
どんどん情け容赦なく変わって行くんだけど、
静か。
どうしようもなく静か。
人のはかなさみたいなことを思ってしまって切なく思うのか・・・
その切なさを味わいたい、というのがあるように
書いてみて思う。