アリストテレスは「他のためではなく自分自身のためにあるところの人間が自由である。」(形而上学)といったが、これは人間をして自己自身たらしめるものが自由であるからである。ポリスの法制もまたこの自由に基づくことを意味している。すなわちポリスにおいて国民は討議、立法、司法、行政に参加 a
しうることになっているが、このような法制の形作られたのも、そもそも人間をして人間たらしめるのは自由にあるからである。ヘーゲルの場合も、国家にとって不可欠でないものについては、政府は国民の自治を認めるべきであると説くに対して、彼はそうする方が利益になるかならぬかは別としても、b
「自由はそれ自体において神聖である」ことを理由にしているからである。ただ時勢という点ではヘーゲルはポリスの法制をそのまま肯定しようとするのではなく、フランス革命当時の「人権宣言」の線にそうた法制を採用せんとするものである。とにかく政治の目的をもって人間の自由の実現にありとする c
ことによって、彼の政論は西欧的な、また近代的な性格のものとなっている。ヘーゲルは「歴史哲学講義」において、自由をもって「己自身のもとにあること」としている。「私が依存的である場合には、私は私でない他のものに関係しており、外的なものなしには、私は存在することができない。d