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『コワい』三態

2012-09-11 14:13:55 | 洛中洛外野放図
 酔うと幸せそうな顔をしている、のだそうで、おそらくそれが一因かとも思われるのだが、阪急京都線上新庄駅でのこと。就職して大阪に引っ越した先輩の部屋でいろいろとご馳走になった後「間に合わなかったら戻っといで、泊まってったらいいよ」という有難い言葉に送られながら終電に少し余裕を持ってホームに上がった。このあたりはどちらかというとベッドタウンとでもいうべきところで、終電ともなると降りてくる客は居てもここから電車に乗ろうという客はそれほど多くない。ちょっと肌寒くなりかけの時期だったが、酔って火照った顔をなぶっていく風が気持ち良い。長いホームの端の方、降りる駅で階段に一番近くなる乗車位置に一人ぽつねんと立っていると、男が一人上がってきて、横に並んだ。広いホームである。他に人はいないというのによりにもよってここかい。でもまぁ。同じ駅を利用して同じことを考えているのならここだわな。しかし、近い。触れているわけではないのだけれど、体温が感じられそうなほど近い。
「どこ行くのん?」いきなり尋ねられた。
「大宮」何の考えもなしに反射的に答えたが、多分酔っ払って幸せそうな顔をして答えたのだろう。
「あ、ボクも大宮やねん。しやったら一緒にいかへん?」
ううっわ、怖!何こいつ!肩に腕ェ回すな!しなだれかかってくんな!耳に『はふぅ』って息吹きかけんな!気持ち悪いんじゃボケェ!と、万感の思いをこめて「だ!」と叫んでしまった。
「嫌がらんでもええやん」
「嫌じゃ!」
踵で向う脛を思いっきり蹴飛ばして、うずくまる相手を置いて階段を下りて改札を出る。とすぐに電車が入ってきたのを見て後悔の臍を噛んではみても後の祭り。せっかく戻ってきても良いと言って貰ったのだけど、女性の一人暮らしのマンションに戻るのもちょっと気が引けたので京都方面に向けて高架線をたどり、コンビニを見つけてははしごをして始発を待った。かくして人生初の貞操の危機は回避されたのである。

 大学の近辺はいわゆる高級住宅街にあたり、近くには学生相手の安い店ではないが学生には手が出せないほど高価でもない居酒屋もあった。そんなところは富裕な近隣住民と学生の両方が客層になる。店の入り口に近いテーブル席を何人かで囲んでいた。奥のトイレに行く途中のテーブルではいかにもおじいさんと息子夫婦と孫、と言う感じの家族連れが楽しそうに食事をしている。のだが、ぱっと見強面なおじいさんはどうやら堅気の人ではないようにも思われる。トイレから出てくると、孫が退屈したのだろう、床の上で走らせていたミニ四駆が足に当たった。
男の子は「あう」という感じで固まっているので「うわー、轢かれてもうたぁ!あたたたー」とリアクションをとると「ごめんなさい」と言う。「気ィつけてやぁ」「はい」というやり取りがあって自分たちのテーブルに戻り、その家族に背を向ける形で呑んでいると向かいに座った樽尾が「おい」と声をかけてきた。「なんや?」「おまえ、さっきなんかしたか?」なんのこっちゃ?
「いやな、あっこのテーブルのおっちゃんがお前の方見てはんねん」-え?
と振り向くとそこのおじいさんがこちらに向かって歩いてくる。
さっき何かしくじったか?怒らせるようなことしたか?俺何言ったー!?
いろんなことが同時に頭を駆け巡ってパニックになりかけているうちにおじいさんが横に立つ。こわごわ見上げるとにこっとわらって「すんませんな、これで示談。どうやろ」と言いながら二合徳利をテーブルに置いた。「?」訳がわからないままでいると「いやさっきの事故やがな」またニヤっと笑う。「これで収めたって」「おっ?おおぉ!いっ、いただきますっ!」「おおきに」と一言残してテーブルに戻っていった。暫く呑んでいると出口に向かうその家族連れが側を通ったので全員で立ち上がり「ごちそうさまでしたぁ」と頭を下げた。「おー」と鷹揚に手を挙げて答え、そのまま出ていく後姿を立ったまま見送る。最後に振り返ってバイバイと手を振る孫に手を振って答え、ドアが閉まると皆が椅子に崩れ落ちた。「何や知らん、ものッスゴ緊張したな」「おぉ、最初あの爺さんがこっち見てたときどないなんのかな思た」「ホンマやで、イザとなったらお前だけ置いて逃げよと思てたもんな」いいたい放題である。

 酒を呑んでいて終電に間に合わなかった電車通学者が夜中に電話をかけてきて、呑み/眠りに来て、電車が動き始めると「ほな帰るわぁ」と声をかけて出て行くことも多くあった。

 とある講義での2人一組の研究発表を目前に控えたある夜米谷の下宿でレポートを作成し、終わったのが午前2時過ぎのことで銭湯も閉まっている。米谷のところでシャワーを借りて、ビールを飲んで帰ったのが4時前。うとうとしていたら「ほな帰るわぁ」と声をかけられた。寝ぼけ眼で「おーぅ」と答えて扉が開いて閉まる音を聞き、階段を下りる足音を聞きながらついさっき一人で帰宅して、部屋には誰も居なかったことを思い出した。慌てて廊下に出て行って階段を見下ろすと、確かに階段を降りきって玄関の上がり框の板を踏む足音は聞こえるが誰の姿もない。しばらく待っていても建物を出るときに必ず通るはずの引き戸の音はない。降りて確かめようと思ったが会うべきでないはずのものに会うのも嫌だし、何よりも眠たい。そのまま布団にもぐりこんだらたちまち眠ってしまった。