> Bro,北朝鮮の砲撃事件発生以来書いてきた,前3回の記事が,ブログ村の
> 「政治評論人気記事ランキング」で,1~3位を独占しましたよ!
> 今年8月以来,4ヶ月ぶりの快挙です!
ええ,まあ半世紀ぶりの大事件が隣国で現在進行中な訳ですからね。。。
今,世界中の注目が集まっている事件である事に相違ないのです。
この「@くつログ」を定期的にフォローして頂いている読者は結構居ますので,
世間的に関心の高いテーマについて書くと,直ぐにランキングに反応が表われ
るみたいですね…ありがたい次第です。
▼2010/11/30 記念写真(画像クリックで拡大)
> 嬉しい事に,新たな読者さんからコメントとトラックバックも頂戴しました。
> なかなかコメントまで残して頂ける事は少ないので,筆者も励みになります。
> 本当にありがとうございました!
> で,ちなみに今日のテーマは,また朝鮮半島情勢なのですか?
そうそう,一昨日午前に韓国の李明博大統領が,国民向けの談話を発表したので,
これを記事に書きたかったのです。
▼2010/11/29 李明博大統領、国民向け談話発表
> これは,北朝鮮の蛮行に対する韓国政府としての「確固たる決意」を示すと
> 同時に,全国民に対して,大統領自らが理解を求めようとしたものですね。
> 29日は米韓合同軍事演習が2日目を迎えて,南北の緊張感も極限まで高まっ
> ていた時なので,とてもタイムリーな談話発表でしたよね!
ええ,多分自国民に対するメッセージであると伴に,北朝鮮に対して毅然たる
態度を示す目的もあったのだと思います。
この談話の発表自体が,「抑止力」と呼んでも良いと思う。
軍事的な緊張感が最高度にまで高まる中でしたので,この談話は至極自然なも
のに聞こえて,あまり多くの話題にはなりませんでしたが,よくよく考えるに,
これだけの決意を全世界の注視する中で発表する事は,並大抵のものではない
と感嘆するのですよ。
おそらく大統領は,砲撃事件発生以来,満足に眠れない日々を過ごしているは
ずなのです。
談話の冒頭において,自ら「大統領として,国民の生命¬と財産を守ることがで
きない責任を痛感している」と述べている事が,韓国国民の無念の想いを自ら
全身全霊で受け留めている事を物語っています。
その上で,自国の正義を示して,確固たる決意の存在を毅然と顕しています。
まさに,危機に臨むリーダーの模範とも言える態度を示したのだと感じます。
> う~ん。。。何気なく聞き流していましたが,改めて見てみると,韓国人に
> とっては「脚の震える想い」のする談話ですよね!
> 「本日,只今から私達は戦争を始めるかもしれません」と,自国のリーダー
> が全国民に語り聞かせている訳ですから!
実際,例のAPECでの,国辱的な日中会談の様子が全世界に伝えられた直後
じゃないですか…
私はこれまで,日本人である事を恥じた事は一度もないですが,この李明博大統領
の姿とAPECでの菅総理の姿を対比して見た時に,本当に「日本人」である事を
恥ずかしく感じました。。。
いったい,何故?。。。「日本人」は駄目になってしまったのか,断腸の想いです。
> 事件の大きさや,緊迫の度合いの違いもあるのでしょうけどね。。。
> でも,近い将来,日本に戦争の危機が差し迫った際に,これだけの決意を自
> 然体で示せるのか,受け留められるか…心配な気がしますよね,確かに…
> 徴兵制も無くなって,国民の大部分が死地に臨む事など考えなくなった日本
> 人の頭脳では,既に「理解ができなくなったもの」が在るのかもしれません。
私はあまり大声で精神論を振りかざす事が嫌いなので,「人間精神の価値」など
主観的に過ぎる事柄については,あまり深く考えようと思いませんでした。
客観化できない価値について,あまり深く考えても「意味のないもの」と思って
避けていたのかもしれません。
でも,今改めて「死」や「恥」について考えを巡らせてみた時に,「精神の価値」
と云う概念が,何がしか「明確な実態」を持つものだと感じられて来ました。
「日本人として恥ずかしい」と云う感覚を,我々が共有する事が在り得る訳です
から,そこには客観的で,明確な実態と判断基準とが存在しているはずなのです。
「人間精神の価値」を感じ取っているはずである訳です。
> 「恥ずかしい」と云う感覚は,むしろ私達が少年時代の頃の方が,より敏感
> に感じ取っていましたよね…
> 子供の頃は,些細で,妙な事にも「恥」を感じる事がありました。
心理的なコンプレックスと関係した,純粋に主観的な感情だと思った訳です。
でも,今感じている感覚は,個人的な感情の問題ではなくて,「日本人として」
と云う「集団的な感情」についての事柄です。
おそらく個々人の国家感とも関係すると思いますが,「国家の実態」が,政府を
中心にした統治機構の存在に根差すものでは無くて,この「集団的な感情」に
由来するものなのだと考えてみれば,「亡国」と云う言葉の意味も,より鮮明に
理解できると思います。
> 自国の大統領の言葉を「誇り」に想ったり,「恥」と感じたりする事が無くな
> れば,そこでは既に「国民的な感情」の共有が失われていて,「国家の実態」
> は無くなってしまう…?
そうですね,その通りです。
> でも,日中会談での首相の態度を「恥」と感じている人々の間では,そこに
> 未だ「国家の実態」が残っている訳ですよね。。。
マイナスの感情ではあっても,「集団的な感情」は在りますね。
問題は,それすら感じなくなっている人々についてです。。。
> もはや「日本人としての実態」を失っている事になる。。。?
そうなると,「国家の危機」に際しても,自分を犠牲にしてまで「国を守る」事
の意味も意義も,失われてしまいますよね。
> なるほど。。。
> 「亡国」とは,「国民としての集団的な精神の喪失」を意味する訳ですね。
> 2代続いた民主党政権が,まさに「亡国の政権」とならない事を切に祈ります!
▼北朝鮮砲撃事件~そのとき日本政府は?
> 「政治評論人気記事ランキング」で,1~3位を独占しましたよ!
> 今年8月以来,4ヶ月ぶりの快挙です!
ええ,まあ半世紀ぶりの大事件が隣国で現在進行中な訳ですからね。。。
今,世界中の注目が集まっている事件である事に相違ないのです。
この「@くつログ」を定期的にフォローして頂いている読者は結構居ますので,
世間的に関心の高いテーマについて書くと,直ぐにランキングに反応が表われ
るみたいですね…ありがたい次第です。
▼2010/11/30 記念写真(画像クリックで拡大)
> 嬉しい事に,新たな読者さんからコメントとトラックバックも頂戴しました。
> なかなかコメントまで残して頂ける事は少ないので,筆者も励みになります。
> 本当にありがとうございました!
> で,ちなみに今日のテーマは,また朝鮮半島情勢なのですか?
そうそう,一昨日午前に韓国の李明博大統領が,国民向けの談話を発表したので,
これを記事に書きたかったのです。
▼2010/11/29 李明博大統領、国民向け談話発表
> これは,北朝鮮の蛮行に対する韓国政府としての「確固たる決意」を示すと
> 同時に,全国民に対して,大統領自らが理解を求めようとしたものですね。
> 29日は米韓合同軍事演習が2日目を迎えて,南北の緊張感も極限まで高まっ
> ていた時なので,とてもタイムリーな談話発表でしたよね!
ええ,多分自国民に対するメッセージであると伴に,北朝鮮に対して毅然たる
態度を示す目的もあったのだと思います。
この談話の発表自体が,「抑止力」と呼んでも良いと思う。
軍事的な緊張感が最高度にまで高まる中でしたので,この談話は至極自然なも
のに聞こえて,あまり多くの話題にはなりませんでしたが,よくよく考えるに,
これだけの決意を全世界の注視する中で発表する事は,並大抵のものではない
と感嘆するのですよ。
おそらく大統領は,砲撃事件発生以来,満足に眠れない日々を過ごしているは
ずなのです。
談話の冒頭において,自ら「大統領として,国民の生命¬と財産を守ることがで
きない責任を痛感している」と述べている事が,韓国国民の無念の想いを自ら
全身全霊で受け留めている事を物語っています。
その上で,自国の正義を示して,確固たる決意の存在を毅然と顕しています。
まさに,危機に臨むリーダーの模範とも言える態度を示したのだと感じます。
> う~ん。。。何気なく聞き流していましたが,改めて見てみると,韓国人に
> とっては「脚の震える想い」のする談話ですよね!
> 「本日,只今から私達は戦争を始めるかもしれません」と,自国のリーダー
> が全国民に語り聞かせている訳ですから!
実際,例のAPECでの,国辱的な日中会談の様子が全世界に伝えられた直後
じゃないですか…
私はこれまで,日本人である事を恥じた事は一度もないですが,この李明博大統領
の姿とAPECでの菅総理の姿を対比して見た時に,本当に「日本人」である事を
恥ずかしく感じました。。。
いったい,何故?。。。「日本人」は駄目になってしまったのか,断腸の想いです。
> 事件の大きさや,緊迫の度合いの違いもあるのでしょうけどね。。。
> でも,近い将来,日本に戦争の危機が差し迫った際に,これだけの決意を自
> 然体で示せるのか,受け留められるか…心配な気がしますよね,確かに…
> 徴兵制も無くなって,国民の大部分が死地に臨む事など考えなくなった日本
> 人の頭脳では,既に「理解ができなくなったもの」が在るのかもしれません。
私はあまり大声で精神論を振りかざす事が嫌いなので,「人間精神の価値」など
主観的に過ぎる事柄については,あまり深く考えようと思いませんでした。
客観化できない価値について,あまり深く考えても「意味のないもの」と思って
避けていたのかもしれません。
でも,今改めて「死」や「恥」について考えを巡らせてみた時に,「精神の価値」
と云う概念が,何がしか「明確な実態」を持つものだと感じられて来ました。
「日本人として恥ずかしい」と云う感覚を,我々が共有する事が在り得る訳です
から,そこには客観的で,明確な実態と判断基準とが存在しているはずなのです。
「人間精神の価値」を感じ取っているはずである訳です。
> 「恥ずかしい」と云う感覚は,むしろ私達が少年時代の頃の方が,より敏感
> に感じ取っていましたよね…
> 子供の頃は,些細で,妙な事にも「恥」を感じる事がありました。
心理的なコンプレックスと関係した,純粋に主観的な感情だと思った訳です。
でも,今感じている感覚は,個人的な感情の問題ではなくて,「日本人として」
と云う「集団的な感情」についての事柄です。
おそらく個々人の国家感とも関係すると思いますが,「国家の実態」が,政府を
中心にした統治機構の存在に根差すものでは無くて,この「集団的な感情」に
由来するものなのだと考えてみれば,「亡国」と云う言葉の意味も,より鮮明に
理解できると思います。
> 自国の大統領の言葉を「誇り」に想ったり,「恥」と感じたりする事が無くな
> れば,そこでは既に「国民的な感情」の共有が失われていて,「国家の実態」
> は無くなってしまう…?
そうですね,その通りです。
> でも,日中会談での首相の態度を「恥」と感じている人々の間では,そこに
> 未だ「国家の実態」が残っている訳ですよね。。。
マイナスの感情ではあっても,「集団的な感情」は在りますね。
問題は,それすら感じなくなっている人々についてです。。。
> もはや「日本人としての実態」を失っている事になる。。。?
そうなると,「国家の危機」に際しても,自分を犠牲にしてまで「国を守る」事
の意味も意義も,失われてしまいますよね。
> なるほど。。。
> 「亡国」とは,「国民としての集団的な精神の喪失」を意味する訳ですね。
> 2代続いた民主党政権が,まさに「亡国の政権」とならない事を切に祈ります!
▼北朝鮮砲撃事件~そのとき日本政府は?