膝小僧の唄
「おうい、政吉、出ておいで」
お婆は、穴の中を覗いて叫んだ。
政吉は両膝を抱えて、首を横に振った。
「出るのが嫌なら、そのままでいいから、目を開けて見ろってばさぁ」
政吉は、首を振り続けている。
「おばばの言うことをようく聞きな」
政吉は、初めて上を見た。泣きそうな顔をしている。
「手を伸ばせ。その気になりゃ、そっから出られるんだよ」
お婆は、手招きをした。政吉は腕を組み、脇の下で両手を強く挟んでいるようだ。
「何を考えているんだ。しっかり両足で立ってみな。その穴はお前の背丈ほどしかないよ」
政吉は体を折り曲げ、穴の底に踞っている。
「政吉、待ってな」
お婆は、崩れかかった穴の縁に手を掛け、飛び降りた。
土の壁が冷えびえとしていた。ゾウリムシが一匹蠢いている。ゾウリムシの傍らに、ヒョロリとした草が生えていた。
「いやだいやだ。脳みそが痛い」
政吉は、抱えた膝小僧に顎を埋めて、頭を振り続けた。
お婆も膝を抱え、顎を埋めてみた。
政吉の心に、虫食いみたいな穴が開いている。その穴を、微かな音を立てて、風が吹き抜けていた。
「政吉……」
お婆は、自分の体ほどある政吉の体を、力一杯抱きしめた。
「おばば」
政吉は、しばらくじっとしていたが、体を揺らしながら立ち上がった。
二人は穴から這い上がった。
草原をヒバリが囀りながら飛び立った。