紫陽花記

エッセー
小説
ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

10 ラティス

2022-03-29 07:13:03 | 夢幻(ステタイルーム)23作



「おい、我が家にも台風被害が出たぞ」
 玄関先で夫が叫んだ。急いで外に出た。まだ風は強い。小雨も降っている。
 街灯と玄関の明かりでラティス五枚が倒れているのが見えた。コニファー一本も斜めになっている。
「どうする、おまえ」
──どうするって、聞きたいのは私のほうよ。
「明日考えるわ」
 寝床に入ってからも倒れたラティスが気になって仕方がない。

 二年前、私一人で、ブロックとフェンスで出来ている既存の塀に沿わせた中古のラティス。支柱は立てなかった。ラティス同士は金具で繋いだが、フェンスに括り付けただけだ。
 我が家の夫も息子も手伝う気は無いようで、口出しも手出しもしない。女一人で作業しているのを他人が見たらなんと思うかしら。そんなことを考えて、極力音を立てないように注意して設置したものだ。

 全部取り替えるか、一部だけやり直すか。どちらにしても業者に頼むしかないだろう。ラティスは十九枚。それに支柱が必要だし、工事代含めると幾らになるだろうか。
 次の台風が来たら持たないだろう。なんて考えていたが、いつの間にか眠っていた。
 翌朝、ゴルフに出かける夫に手伝わせてラティスを起こした。一枚が枠から外れていたが、どうにか、元通りに近い状態に戻すことが出来そうだ。
 主要なところを括り付けるまで手伝った夫は、車で出かけていった。修理もその後どうするもお前に任せると言いたげだ。
 日曜の朝で我が家の息子夫婦や孫達はまだ眠っている。近所の家からも生活音は聞こえてこない。私は、静かに修理を続けた。


著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/
お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

9 アローカナの卵と、裸婦

2022-03-20 07:23:54 | 夢幻(ステタイルーム)23作



 テラコッタの講習日。千鶴子と桃代は、老先生の自宅に教材の裸婦像を取りに行った。
 アトリエに続く広い庭に、見慣れない鶏が七、八羽と犬が放し飼いにされていた。
「この鶏の名前がなかなか覚えられなくてね、こんなこと、あんなことアローカナって覚えたんですよ」
 と、先生が言った。二人は同時に聞いた。
「本当にアローカナって言うんですか」
「南米チリ産の鶏で、いろんな羽の色があるのが特徴だ。それぞれに名前をつけましたよ。黒いのはクロ、白くって足が黄色で清潔なのがジュンコ、斑でスマートなのはスマコってね。茶色の卵を産むナゴヤコーチンを飼っていたときは、草取りの必要がないほど食べてくれたけど、アローカナは駄目。草は食べない。そうだ、良い物を見せて上げよう」
 先生は、自宅に入って行くとすぐに出てきて、握っていた両手を開いて見せた。普段食べている大きさ位の水色の卵だ。
「うわぁ、水色の卵なんて初めてだわ」
「ほんと。着色したんじゃないですよね」
「そう。水色の卵をアローカナは産むんだよ。正真正銘のアローカナの卵だ」
 先生は千鶴子たちに、一つずつ水色の卵を握らせてくれた。冷蔵庫に入っていたらしく冷たい汗をかいている。

 会場の中心にある台に若いモデルが載った。受講生は先生含め男三名、女八名。周りを取り囲んで粘土を用意した席に着く。
 ポーズは、胡座で顔は少し横向き、両手は足元に添えることに決定。
 モデルが、紫色の薄い衣装を脱いで、ゆっくりとした動作でポーズをとった。豊かな胸と腰骨の張った白い裸身だ。



著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/
お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

8 仲良し

2022-03-12 19:30:51 | 夢幻(ステタイルーム)23作


 日が差している。茶色に変色した畳。一畳ほどの堀コタツ。部屋の隅にテレビがある。テレビの音量は高い。テーブルを挟んで、二人の老女が庭の同じ方を向いている。
 堀コタツのテーブルには山盛りの菓子鉢。茄子とキュウリの漬け物が皿に盛られ、取り箸がそえられている。
 アルミの急須があって互いの手元には湯飲み茶碗がある。一方の湯飲み茶碗は茶托に載せてあった。
 二人は今日も一つの場所にいる。一人はこの家のアキ。一人は隣家のウメ。二人とも九十歳に近い歳だ。
 アキが思い出したように急須に湯を注いだ。 
 ウメが手元の湯飲み茶碗を注ぎやすいようにずらした。それに、小刻みに揺れながらアキが茶を注いだ。
 ゆっくりウメが茶をすする。アキが菓子鉢から栗まんじゅうを取りウメの前に置き、自分の前にも一つ置いた。
「あんたぁ、食べなっせぇ」
 アキの勧めにウメが栗まんじゅうを手に取った。二、三回撫でると包んであるビニールを外し、手でちぎって口に入れた。
「旨めえこど。あんたも、どんぞ」
 昼前から一緒にいる二人。夕方までに交わされた言葉はこれだけだった。昨日もその前も、またその前の日も一緒。
 つけたままのテレビ。聞くでもなし、見るでもない。何を話すでもない二人。

 寒い朝、アキが脳梗塞で入院した。そして、三週間が過ぎた。合わせるように体調を崩していたウメ。

 アキの旅立った翌日、ウメも旅立った。



著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/
お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・