紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★4 持っては逝けない

2025-02-01 07:56:53 | ★★☆「と、ある日のこと」2025年度

 
 隣家の改装が始まった。築25年ほどの二階建て。我が庭に面した部分で、壁を剥がしているらしい音や、床部分の取り除くらしい音は、容赦ない激しさで聞こえてくる。どうやら、風呂場の改装らしい。これはあくまでも想像でしかないが、多分違わないだろうと思う。

 ご主人が現役引退したのかもしれない。これも定かではない想像の域である。引退を機に家の改装や改築は知り合いでも多い。みな、「持って逝けないから、使うのだ」と言う。

「持っては逝けないもの。葬式代だけ遺して置けばいいと思って」と、ダン友も言う。せっせとレッスンを重ね、スタンダードもラテンも、何でも踊れる人が多い。私もその一人ではあるが、体力が追い付かない悔しさがある。

「あと5センチ足が長かったら、あと10歳若かったら」などと、ラテンに今夢中になっているダン友のセリフ。「足が10センチ長くなって、年齢があと5歳若かったら、フニュフニュ」と、のたまったのは私。言うだけでどうにもならない今更ながらの愚痴。

 どうにもならない人生を、ある意味、半ば諦めたように言葉にしても、どうにもならないモノを受け入れているのが大概の人だろうと思う。その中でも、少しでも楽しく、少しでも自分の気のすむように、日々を暮らしたいという努力はみな重ねているようにも思う。

 それにしても、人生の時間は、コクコクと刻み、誕生から終焉まで、たくさんの楽しみと苦しみを頂いて、あとはすんなりと最後を迎えられたら最高だろうと思う。

持って逝けないものは、すべてなのよね。あらゆることをすべて置いて逝かなければならない。何という潔さ。何という身軽さ。



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★3 「はっちゅうはち」

2025-01-26 08:35:45 | ★★☆「と、ある日のこと」2025年度


「アタシ、はっちゅうはちにもなったのに、じっとしていられないのよ。でね、昨日はこの階の自転車置き場をキレイにして、娘の所へ行く階段も掃除したのよ。高帚があれば都合がいいと思ってね、作ることにしたの。売っている高帚は、アタシの背丈より高くて使いにくいからね、思いついて竹箒を作ったのよ」と、八十八歳になる花ちゃんが電話の向こうで笑った。

「東京の世田谷で竹箒作る材料があるの?」と聞く、
「公団の奥の方まで行くと、木やあれこれ茂っている所にあるのよ」
「竹って言っても何竹なの?」
「真竹よ。実家の屋敷にもある真竹。背の低い竹を芯にして、あとは、笹の部分を使って作ったのよ」
 なぁるほど。
 花ちゃんの話を聞くと、私の御祖父さんも竹箒やら、座敷帚を作っていたことを思い出した。随分と昔のことだが、たまに故郷の暮らし方を思い出すことがある。

 花ちゃんは、従妹でも元気な方で、日本舞踊やらカラオケやらを楽しんでいるらしい。ここ何年も顔を見ていないが、月一程度電話しあっている。花ちゃんは未だに故郷の訛りが出る。同郷ということもあって通じるのだが、「はっちゅうはち」とは、八十八のこと。暫く顔を見ていないが、娘さんと同じ都営団地で独り住まいだ。

「朝は、娘から電話がくるのよ。これから勤めに出ます。って。夜寝る段になってから、私の方から娘に、布団に入りました、寝ます。と、毎日電話連絡をしているのよ」と言う。

 近くに居ても、老いてからの見守りは有難いだろう。まだ、自由気ままに過ごしている私でも、隣室に夫が居ても、二階に息子親子が居ても、どうなるかわからないのが現実。
 花ちゃんの長寿を祈る。



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★2 緊張のジュース

2025-01-19 07:40:16 | ★★☆「と、ある日のこと」2025年度


 今日も、帰りの乗換駅のホームの乗客は行列を作っていた。ホームに入ってきた快速の車両は満杯。降りた人数より乗り込む人数が増しているほどだ。私は、カートを身体に密着させて、入口近くの手すりに掴まった。

 子供を三人連れたママがいる。小学5,6年生位の男子と、年子位の女子。もう一人は幼稚園生のような女子。上の二人はそれぞれにストローを差し入れたジュースのカップを持っている。ジュースは飲み始めたばかりらしく、カップの半分以上の量だ。ママが幼稚園児らしい女子を抱えるようにして、その子のジュースのカップを持っている。

「ジュースを零さないでよ」とママ。
「だいじょうぶ」とお兄ちゃんとお姉ちゃん。お兄ちゃんは背伸びしてつり革に掴まっている。ママは掴まるところのない場所。お姉ちゃんは、お兄ちゃんの斜め掛けのバッグに掴まっている。

「ふーっ」と出た私のため息。ジュースが零れて、私のカートに引っ掛かってくるかもしれない。という想像がチラと湧いている。目の前のお兄ちゃんとお姉ちゃんのカップを持つ手指に力が入ったように見えた。

 発車して次の駅に着いた。親子連れはまだそのまま。いつもはこの駅でかなりの乗客が降りるのだが、この日は土曜日、いつもと違う状況。勿論、椅子席を確保できるなんて無理。
次の駅までジュースのことが気になっていたが、親子連れは二停車駅目で降りて行った。

「ふーっ」と、又してもため息が出た私。
 それにしても、降りて行ったママの逞しいこと。私だったら、とても無理なことだ。
 時々見かける親子連れには、いつも感心することが多い。そして、いつも逞しいママが多いことに嬉しくなる。




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★1 同じ一日なら

2025-01-14 08:17:52 | ★★☆「と、ある日のこと」2025年度



「同じ一日だったら、家にいても同じだから。あれこれ不具合のある身であっても。ねぇ、少しでも楽しいことをしたいじゃない?」と、
隣席のQちゃんが笑顔を作った。

「体調はどう?」と声を掛ける度にQちゃんが言う返事。種目は何の曲でも卒なく踊れる人だ。だが、段々と疲れが溜まりだすと、椅子に深く掛け、ため息を吐く。

 ホールの中にいる誰もが、同じ一日だったら、より楽しく、より有意義に過ごすように、遊ぶことに全力を使っている。私も同じ。

 身体のどこかに不具合があると、処方された薬を飲む。気休めにはなるし、私の不整脈薬などは、確かに効いているような気がする。

 一昨年の夏の猛暑は、同じ処方薬も効かなかった。よくよく自分の体調の悪くなった時期に、何を口に入れたかを検証した結果、夏の猛暑に役立つだろうと飲みだしたサプリメントではないかと気づいた。試しに、サプリメントを止めてみた。翌々日には不整脈が起きなくなった。

 Qちゃんは、手を器のようにして、薬を飲む仕草をしながら、「何しろ、心臓に四つも悪い症状があるのよ。だから、薬だけでお腹一杯になるようよ」と言う。

 薬の飲み合わせの効能は、良し悪しに関わらずあるものだろうと思ったが、そういう事は、主治医は勿論、薬剤師などは理解していると思う。けれど、余りにも納得のいかない場合は、主治医と相談をしてみる方が良いかもれない。

「数曲踊るのはいいけどね、そのうち、息切れがしてくるわ。でもねぇ、同じ一日なら、楽しい事したいじゃない」Qちゃんが笑顔を見せた。

 私は、子供のころ読んだ童話の「赤い靴」を思い出した。




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明けましておめでとうございます。
皆様には良いお年をお迎えのこととお慶び申し上げます。


昨年に引き続き「と、ある日のこと」をお送りします。
楽しんでいただけると嬉しいです。
今年もよろしくお願いいたします。
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約二週間ブログの不具合でご無沙汰しました。
ようやく復帰しました。
どうぞこれからも宜しくお願いします。

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