町場の男
曲がりくねった峠の向こうから、見慣れない男がやって来た。
おかしな被り物の縁に、桃色のなでしこを刺して、いかにも町場の人間らしく見えた。
お婆は、見てみぬ振りをした。
「こんにちはぁ」
男は、馴れ馴れしい笑顔で立ち止まった。
仕方なくお婆は、曖昧な会釈をした。
「いい所ですねぇ」
男は懐手で辺りを見回し、何やら思案顔をした。
何処から来たのか聞きたいところだが、お婆はやりかけの仕事を思い出した。
「探し物をしているんですよ」男が笑顔をつくった。
「何をかね」
つい、お婆は立ち止まってしまった。
「私は物書きなんです。ネタを探してここまで来てしまった。いえね、物語の種を」
全部まで聞かずに納屋に走り込んだお婆は小豆をひと掴み持って来た。
男は『何か違うな』という顔をした。
浮かない顔の男に、お婆は豚舎の雄豚の股ぐらを指さした。
「そんじゃ、こいつはどうじゃろか。この雄豚は、なかなかのやりてでな」
お婆はこの豚は、去年は三十頭もの親になったし、その前の年にはそれよりも多かったと言った。なにせそのお陰で、温泉に浸かってこられたのだから、とも言った。
「おばばさん、何かお仕事の途中じゃ・・・・」
男は、帰る素振りで言った。
「漬物にする高菜を洗うんだったが。そうだ」
お婆は、ごろりと縁側に横になった。
「このばばの寝た姿は、ネタにはならんか」
腕枕して横たわるお婆に、男はなにやら口中で言うと「ホント、いい天気だ」なんて言いながら帰って行った。