紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

犬猫連れの散歩

2021-02-24 08:10:35 | 「とある日のこと」2021年度


 早朝散歩で見慣れたワンちゃん連れの奥様が、今朝は寂しげに見えた。

初めて見かけたのは一年ほど前だった。茶黒毛の小型犬を抱っこして、小太りの中型犬のリードを引き、その前後を飛び回って遊ぶ白に黒ブチの猫を連れていた。猫はリードを付けていない。犬たちの年齢は想像できなかったが、白黒ブチの猫は、人間の子供だったら幼稚園児か小学低学年ほどの年齢に見えた。奥様ののんびりとした足取りは、ペットたちを急かすことも無く、また遠くまで行くほどでもなさそうな雰囲気の散歩であった。

初めて見かけてから半年ほど経った頃、小太り中型犬と猫を連れているのに出会った。
「あら、もう一匹のワンちゃんは?」と尋ねると、「死んだのよ。お歳だったから」とのこと。中型犬の前後を白黒ブチのわんぱく猫が奥様の脚に絡むようにしていた。私を見上げる目はいたずらっ子そのものの色をしている。我が家は、犬も猫も飼っていない。孫たちが欲しいようなことを言った時、「面倒をシッカリ見られないと可愛そうでしょ」と、孫たちはママに即却下されたものであった。老人のボケ防止にも良いそうだが、いずれ面倒を見るのはママになることになる。猫なら子供の頃飼っていたから私も欲しいと思ったりしたものだったが。

 そして数か月後に出会った。中型犬だけと散歩している奥様。「あら、猫ちゃんは?」と聞くと、「貰われて行ったの。可愛がっていたのだけど。懐いていたのだけどねぇ。どうしても欲しいと言われて」40キロほど離れた県南の町だそうだ。「家の中で元気で居るそうです」と奥様。あのやんちゃ猫は野外でも奔放に遊べていたけれど、現在は屋内だけの暮らしらしい。


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砂袋

2021-02-19 08:09:48 | 風に乗って(おばば)



  砂袋

 お婆は砂丘を越えると、後ろを振り返った。空に両手を広げ、思いっきり伸びをする。

「あなたも逃げてきたの」
 砂丘の窪みから声がした。体を丸めて、暑い陽ざしを避けていた女が聞いた。
「いや、ずうっと迷っていたんだ。他の世界が知りたくって、旅に出た」
「逃げたくもなるわよね。あたしだって限界だったわ。それが、どうしても、この影が離れないの。二つの影はすぐに思い止まったみたいだけど。これだけはどうしてもね」
 見ると、窪みから立った女の影に、もう一つの影が重なるように寄り添っている。

「できれば棄てたいのよ」
 女は窮屈そうに影を振った。
 女の背に、その影は爪を立てるようにしがみつく。ヒィー、ヒィーッと泣き声までさせた。女は仕方ないわというように眉を寄せた。
「あなたはいいわねぇ、身軽そうで」
 女は羨ましそうに言うと、影を引きずりながら歩き出した。

 無風状態だった砂丘に風が走る。
 砂の動く音が次第に大きくなってきた。
 見る間に砂の波が形を変えていく。
 背を低くして歩くが押し戻されそうだ。

「大丈夫なの」
 女は、お婆を気遣いながら、ゆっくりとした足取りで、肩までの髪をなびかせた。
「駄目だ。足が掬われそうだ」
「本当に棄てたかったのに。この影の御陰でスムーズに進むことが出来るなんて」
 女は、苦笑しながら視界から消えた。

 体が激しく揉まれる。
 袋を取り出し、砂を詰めて重石にしようとしたが、風が強く、掬えとも掬えども、砂は逃げていく。

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海面の囁き

2021-02-11 07:49:06 | 風に乗って(おばば)


   海面の囁き


 点在する島々の松と、織りなすように光る海。風がそよぐ穏やかな日。お婆は島の突端に出た。

 今にも、松の木に上ろうとしている男がいた。無精髭の男に、どなり散らしている四十がらみの女は、どうも、連れ合いのようだ。
「まったく、呆れてものが言えないよ。バカバカしい。何が釣りして暮らしたい? 冗談じゃないよ。仙人じゃあるまいし。霞でも食っていられるのじゃいいけれど。松の木に上って、糸を垂れる? そんな暮らしだと。ふざけたことを言って」
「嫌になったんだよ。何もかも」
 男は、釣り道具を肩から下げて、松の木に上っていく。
「危ないじゃないか。ひと思いに死んじまうならかまわないが。ほらっ、見ちゃおれん」
 女は、松の木から離れずに叫んでいる。
 男は海に突き出た太い枝を跨ぎ、足をぶらぶらさせながら、釣り具を用意している。海面まではかなりあって、到底魚など釣れそうもない。
「何をやっているのかね。釣れるわけないよ。そんな遠くから。もうちょっと、枝先にいかないと……落ちるよ。危ないってばっ」
 たまりかねた女は、松の木に上りはじめた。

「ちょっ、ちょっと」
 お婆は、慌てて止めようとしたが、必死の形相で女は上っていく。
「おいっ。やめろよ。おまえ」
 男は、来るなというふうに手を振った。
 女は側までいくと、松の枝を跨いだ。
「あんたぁ、いい気持ちだねぇ」
「バカ。危ないよ」
「あんたと一緒なら、どうなってもいいさ」

 お婆は、両手を握り締めて見上げていた。

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コロナ禍の車内風景

2021-02-03 08:59:41 | 「とある日のこと」2021年度


 新型コロナウイルス感染者数の増加の高止まり状態が続いている。
中国武漢が発生源と言われている新型コロナウイルス感染症。当初から飛沫から感染すると言われていた。世界中に蔓延した感染症に、マスク生産の少なかった日本は、途端に国内の店頭からマスクが消えた。マスクが手に入らないとなれば手作りするしかない。私も手作りマスクを作って利用した。
ようやく国内でのマスク生産が多くなって、素材も様々なモノがたくさん店頭に並ぶようになった。その様な中、マスクの素材で飛沫の飛ぶ量や防ぐ量などが、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」によって実験された。不織布マスク、布マスク、ウレタンマスクの飛沫防止力値が発表された。それによれば、一番良いのが不織布マスクとのこと。その報道がテレビなどで流れると、巷には「不織布警察」なるものが現れたとの話題が起きる始末。誰もが恐れを抱き、不織布マスクで無い人が許せなく思える人も出てきたようだ。

 先日の夕方、私は不織布マスクをして帰途の電車に乗っていた。目の前を小柄なおばさんが通り、車両の前方向へ歩いていくと、進行方向左の空いた座席に上り立ち上がると、両手で窓を10センチほど引き下ろした。素早く下りると、今度は右側の空いている座席に上り窓を引き下ろした。
「換気が悪い」と、誰かに向かって言っている。私の目線から外れてしまったので、表情は見ることが出来ない。
ドアの側に居たおじさんが「車掌に言いにいけばいいじゃない」と言うと、「上から目線で言わないでよ」と、不穏な空気。まだ何か言うおばさんに、「話は止めなさい」とおじさん。そうこうしているうちに私の降りる駅になった。


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