紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★60 楽しんだモノ勝ち

2024-10-27 06:11:10 | 「と・ある日のこと」2024年度


「北欧に行ってきたの」と、電話の向こうでNさんが言う。「もうね、行きたい所ややりたいことは、やることにしているの。いつ何時、また出来なくなるかもしれないもの」
大病と戦って治癒したNさん。いろいろな感情を押し殺したまま、全力で病と闘った数年。その間の焦りや苦しみは、まぁまぁの健康体で暮らせていた私には計り知れない。

 北欧の四か国を八泊で回ったそうだ。それに、少し前には、クルーズ船で、日本一周の旅を八日間でしたそうだ。
飛行機も船も苦手な私。絶対行かれない。地面に足が着いていないと安心できない。せいぜい、ダンスホールで踊るか、緑の中を散歩するか、車移動の旅行位が性に合っている。
「楽しんだモノ勝ちよ」と、Nさん。
「楽しんだモノ勝ち」・・・なるほどと思う。けれど、世の中には、手の届く楽しみさえ出来ないで苦しんでいる人もいる。

北欧四か国旅行は、有名なお城や博物館などを回ったらしい。一時体力が落ちていたNさんだったが、同行の皆さんに遅れることもなく行動できたそうだ。ヨーロッパは以前行ったことがあるので、北欧にしたそうだが、海外旅行は一度も行ったことのない私には、想像外の行動力だと感心する。

 日本一周のクルーズ船は、ダンス旅行で行く知り合いもいるが、外国籍の船で、ダンスが目的ではなかったそうだ。各地の港から上陸して、観光地を巡り、美味しいものを頂く。八日間の船旅は飽きなかったそうだ。
 Nさんの話を聞きながらわが身を振り返る。地上でしか生きられないような我が身。
「楽しんだモノ勝ち」という言葉と、人それぞれの楽しみ方の違いが面白い。さて、私は何をして楽しもうか?




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★59 カッコイイひと

2024-10-20 07:18:24 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
と、ある土曜日。今日は1レッスンとダンスタイム2時間の楽しみの日。

車内は混んでいた。50分ほど立ったままの移動。乗換駅に着くと、いつもの乗換え電車の車内も混んでいる。カートを引いて、スカイツリーの見える窓側の中ほどのつり革に掴まって立っていた。車内アナウンスが、乗換駅構内での人身事故の影響で、車内が混んでいると、言った。いつもと違う年代層と混み具合が、連休前のレジャーなどのせいだろうとも思う。

 目前の座席の若い男性が、小声で「どうぞ」と、席を譲るというゼスチャアをした。「大丈夫です」と、私も小声。立ち上がるのを止めた男性は、二駅ほど過ぎた時立ち上がり、出入り口の方に移動した。私の目の前の席が空いた。もう降りるのだろうと思い、腰を下ろした私。ところが、男性は、席を立つことで、私に席を譲るつもりだったらしい。私は、会釈して感謝を表した。そして、そっと、その男性を観察する目になってしまった。

 年齢は二十代前半かしら? 身長は173cm位。緑色のTシャツにグレーのジィーンズの半パン、キャメル色の斜め掛けの大きめのバッグ。帽子はベージュの野球帽。黒のブーツの紐は茶色だった。ちょっと色白な顎に髭が薄っすらと。

 私の眼は傍から見たなら、どんな眼だったのだろう。きっと、あの男性は私の無神経な視線を感じていたかもしれない。ちょっとばかり恥ずかしくなった。

 レッスンは、スローホックストロット。一回踊ってから、ヒールターンの練習。動作は単純ではあるが、重心の載せ方や方向など、丁寧に教わる。基礎の出来ていない私だから、少しずつ直してもらうつもりでいる。



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★58 赤い自転車

2024-10-12 07:08:08 | 「と・ある日のこと」2024年度


「大型廃品回収車です。冷蔵庫、電子レンジ、自転車など、要らなくなったモノを回収します。お声掛けください」
 通りの向こうから、回収車のアナウンスが聞こえてきた。庭にいた私に、滅多にない都合よさ。私は通りに出た。軽トラックから流れてくる声が少しずつ近づいてくる。

 隣家との境の塀際に置いてある赤い自転車。喫茶店経営中に買った。暫く近所への買い出しに使った。夫が現役引退後は、専ら夕刊紙を買いにコンビニまで乗っていく程度だった。あちらこちらは錆び付いているし、いつの間にか後ろのタイヤがパンクしていた。庭のオブジェにして、前籠や荷台の籠に寄せ植えなど飾っても良いかと思ったが、夫の大反対で諦めていた。

「自転車? うん、無料で持っていくよ。えっ? ステレオタイプのラジカセ? いいよ、持って行ってやるよ」と、回収屋さん。

 ガレージに入った軽トラックの荷台に自転車を載せながら、「自転車で転んで怪我してもしょうがないからね。いやね、ちょっと前免許の書き換えで認知テストなんかしたんだけど、視野が年々狭くなって、次回はたぶん受からないだろうと思ってんのよ。事故起こしたら何にもならないからね。怪我は怖いよ。寝たきりになる恐れがあるし、自転車でだって、転んで骨折したなんてよく聞くからね」と、回収屋さんが言う。

 赤い自転車は、軽トラックの荷台に寝せられた。その傍にラジカセも載せられた。おしゃべりしながら積み込んだ回収屋さん。ぺこりと頭を下げると、走り出した。

無料で引き取って、どれだけの収入になるのだろう? なんて、余計なことを考えながら見ると、隣家との境の塀際が、ちょっとばかり寂しくなった気がした。



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★57 倒れた若い娘

2024-10-06 06:56:49 | 「と・ある日のこと」2024年度


 過不足のない疲れを感じながら、帰途の車内にいた。いつもより1時間早めの帰宅になる。台風10号の迷走ぶりに、湿った空気の車内は丁度座席が埋まる程度の乗車人数であった。

「う、うーつ、うーっ」という呻き声がした。後方の優先席付近に目をやると、若い女性が倒れていた。両脚は力なく投げ出され、頭が座席シートの下に入り込みそうな程の状態だ。一瞬、何が起きたのか理解できなかった。近くにいた中年の女性と男性が、「大丈夫ですか?」と声をかけた。倒れた若い女性の返事は無い。意識が無いように見えた。誰かが、非常通報装置を押した。某駅に停車する寸前だったので、滑り込んで停まったホームに「ジージージー」と、けたたましい音が鳴り響いていた。駅員が4,5人集まってきた。

 倒れた女性は気が付いたようだが、眼は虚ろで顔色は真っ白。周りにいた数人と駅職員とでホームに降し、ベンチに掛けさせた。
 駅職員が女性に何かを聞いたりしていたが、真っ白な顔に血の気は戻らない。私は、小学校6年生の時のことを思い出していた。
 授業中だったのか、休み時間だったのかは思い出せないが、男子生徒が突然、机や椅子をなぎ倒すような勢いで倒れた。意識はなかったのかは覚えていないが、担任の先生が、右往左往していたのを覚えている。

 私の乗った電車は、僅か6分遅れで発車した。この後、あの女性はどうなったかは分からない。深刻な病気でなければ良いが。
 わが身を振り返れば、一時間以上もかけて踊りに行って、一レッスンとその後二時間のダンスタイムを楽しんできた。
「決して若くないのだから・・・ね、気を付けよう・・・」と、小さな声が口から洩れた。



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