梅林入口の駐車場に車を停めた。
秋の梅林って、どんなものだろうと思いながら入っていく。山の南斜面の梅林には人影もなく、梅の葉が僅かに残っている。
梅の枝に張った蜘蛛の巣に、揚羽蝶が一匹引っ掛かっていた。蜘蛛の糸に絡んだ足を動かし、羽を震わせている。
私はベタつく糸を端からちぎった。やがて蝶は、二、三回羽ばたくと舞い上がり、梅の葉を掠めて飛び去った。
気が付くと私が蜘蛛の糸に巻かれていた。光る網の向こうに、四、五センチもありそうな蜘蛛が居る。細い糸が徐々に私の体を絞めつけてくる。
梅林の坂道を男が上って来た。「助けて」と言う私の声に男は立ち止まった。が、私は後の言葉を続けなかった。これから何をする予定も、何処へ行く気も無かったからだ。
男は目の前を通り過ぎて行った。
私は全身の力を抜いて、蜘蛛の巣に体を預けた。つま先は地面に着いている。膝を曲げた。体が宙に浮いて揺れた。私は体を揺れるに任せた。
眼下に広がる田園は、冬支度をしている。陽を浴びて、籾殻焼きの煙が一直線に空に向かっている。三つ二つ浮かぶ雲に誘われるように、何処までも高く上っていく。
音もなく飛行機雲が空を横切り、西の方へ消えていった。
視線を移すと、筑波学園のビル群が緑の中に立ち並んでいて、白く日差しを反射させている。
茶褐色の蜘蛛は、梅の枝に張った糸を端から食べ始めた。
私の体の周りの糸も、いまはあらかた食べつくされた。
★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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