玄関を挟んで右が千代の部屋で、反対側に風呂やトイレがあった。玄関から突き当たりにダイニングキッチンと、その隣に娘の部屋があるらしいが、扉が閉まっていた。掃き出しのガラス戸から小さな庭が見える。赤い花の植木鉢が三個並んでいた。
ダイニングキッチンに二人用のテーブルとイスがあった。それに腰を下ろした千代は、少し息を弾ませている。すみれは、千代に歩調を合わせて歩いたつもりだが、もっと、ゆっくりした歩き方をするべきだったかもしれないと思った。
「すみれちゃん、おやつを食べようか。そこの戸棚に紺色の缶があるから取っておくれ」
缶には固い煎餅類はなく、クッキーや個別にパックされたケーキなどが入っていた。
「娘が買って置いてあるんだ。私のボケが始まっていると思っているらしく、買い物もさせないのだよ。もっとも、大分前のことだけど、お金を払わずに物を持ってきてしまったことがあった。それ以来、娘はお金の管理をして、僅かな私の年金さえも時々チェックするんだ」
「千代おばぁさん、その時何を持って来ちゃったの、食べ物?」
「はて、何だったかね、忘れた。でも、娘にこっぴどく叱られたことは覚えている」
お茶はポットの湯で千代が入れた。ダイニングキッチンは整然と片付けられ、高いところには落ちて危ない物は載せていない。留守の多い娘の心配は、千代の病気や怪我などに違いない。
ガス台の端に『ガスは使わないこと』と書いた大文字の紙が貼ってある。そして、流し台の側には『水は出しっぱなしにしないこと』と書いた紙が貼ってあった。
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著書・夢幻に収録済み★連作20「すみれ五年生」が始まります。
作者自身の体験が入り混じっています。
悲しかったり、寂しかったり苦しかったり、そのどれもが貴重なものだったと思える今日この頃。
人生って素晴らしいものですねぇ。
楽しんでお読みいただけると嬉しいです。
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