「家族の一員として可愛がっていたそうです」
『平成生前契約等決済団体』の増田は、棺に寄り添うチーちゃんを見やって言った。
「一生涯の食費と世話代を含め、全財産の土地百坪に四十三坪の家と、二DK六室のアパートを持参金にするそうです。本当に可愛がってくれる人を厳選してお渡しするのが、私どもとの契約事項になっております。ですから、契約者の希望に合う人をお捜ししなければなりません」
八十歳で逝った那智沢明の親族を前にして、増田は那智沢の遺言書を広げた。
「うちには子供がいますから、良い遊び相手になりますよ」
那智沢の、亡き妻の従兄弟の息子と名乗った男が愛想笑いをした。
「子供に手の掛かる人はよく面倒はみられませんよ。うちなら夫婦二人だから大丈夫」
那智沢の甥という男が言った。
「お宅夫婦が先に死んだりしたら、また同じじゃないですか。犬だけが残りますよ。その点、うちは、子供が我々の後を継ぎますから。どんなことしても、犬はそう長くは生きられませんからね」
「そんな、私らを年寄り呼ばわりするんですか? あんた」
那智沢の甥が立ち上がった。葬儀会場の九人の親族は、互いに盗み見た。
増田は、本当に可愛がってくれて、チーちゃんがなつく人を見分けるには時間が掛かると思った。とりあえず、那智沢明の葬儀を済ませなければならない。
読経が始まると、チーちゃんがそれに合わせるように遠吠えを続けた。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
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