その日は土曜日の夕方の電車内。空いていた席に座ると、向かい側の三人シートの車両連結部分側に、杖を持った高齢の男性が股を広げて座っていた。出入り口側には女性が座って居るが、男性の杖が幅をとっていて、少し空いたところには誰も座ろうとしない。
反対側のシートに座った私は、目の前のおじいさんの様子を見るつもりも無く見ていた。
車窓を移る風景が小雨に煙りだした。私の下りる駅に後一駅となった時、向かい側のおじいさんが、杖を引き寄せ立ち上がる様子を見せた。同じ駅に降りるようだ。
足元にはリックが置いてある。どうするのだろう。手助けは? との思いは、私に限らず、周囲の数人は同じだったかもしれない。
おじいさんは、先ず、杖を引き寄せた。緩んでいた腹筋に力を込めたのだろう、背筋が少し伸びた。少しずつ体制を整えて、連結部分側の壁に背中を押し付けて、ゆっくりと立ち上がった。広げた両足を少し狭めて、空いている左手を足元のリックの持ち手に伸ばした。指がリックの持ち手に届くと、手前側に引き寄せ、リックのショルダーベルトまで指を伸ばした。曲がったままの膝を少し屈め、ようやくしっかりとショルダーベルトを捕まえた。私は、密かに息を吐いた。根性の外出だったのだろうと思う。
動いている電車内を、杖を移動させ、体を左右に揺らしながらドアの方向へ。私は立ち上がらずにいた。おじいさんは、ドアの前に移動出来た。数人の客は少し間を開けながら、見守っている様子。
雨は少し強くなってきた。私は家人に電話をして迎えを頼んだ。おじいさんは、駅員の押す車いすでタクシー乗り場へ。タクシーは一台も無い。駅員とおじいさんは小雨の中。私は、また密かに息を吐いた。
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