辛い訳
「てえへんだぁ、てえへんだぁ」
杉の梢でカラスが騒ぐ。
「何がてえへんなんだ」
富山の薬売りが、顔を真上に向けて聞いた。
「バッバーがよう、ここんところ、しばらく寝込んでいるらしく、さっぱり外に出てこん」
傾きかけたお婆の家には、物音ひとつなく、静まりかえっていた。建て付けの悪い戸を開けると、薬売りは中へ声をかけた。
「おや、薬売り屋さんかね。久しぶりに化粧でもしようかと思って、棚の上の……」
声だけがして、お婆は一向に姿を現さない。
「もうこんなして、二日も三日もたっちまった。腹は減るし、厠へ行くにも……」
お婆は、いつもの声で言っているが、何をしているのか、襖の向こうにいる。
「おばば、上がってもいいかい。おばばと言えども、女一人のところへ男が上がっちゃあ、世間様が。ごめんよ。おばば、どうした」
襖を開けると、布団の上に這いつくばったお婆が、歪んだ笑顔を見せた。
「ありゃりゃあ、これじゃあ、声はすれども姿は見えず、だな」
「何か良く効く薬はあるかい」
薬売りは、お婆の脇の下に帯を掛けると、柱に括り付けた。腕まくりすると、お婆の両足を抱え、じわじわと力を入れて引いた。
「な、なにするんだよう」
「少し我慢するんだ。じきに楽になるさ。貼り薬を貼る前に、体の歪みを治さんと」
引いたり緩めたり何度かした薬売りは、薬箱から膏薬を取り出すと、お婆の腰にペタリと貼った。
数日後。杉の天辺で囃し立てるカラスを、追いかける、お婆の元気な姿があった。