紫陽花記

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ショートストーリー

別館★写真と俳句「めいちゃところ」

辛い訳

2020-06-27 16:53:28 | 風に乗って(おばば)


辛い訳

「てえへんだぁ、てえへんだぁ」
 杉の梢でカラスが騒ぐ。
「何がてえへんなんだ」
 富山の薬売りが、顔を真上に向けて聞いた。
「バッバーがよう、ここんところ、しばらく寝込んでいるらしく、さっぱり外に出てこん」
 傾きかけたお婆の家には、物音ひとつなく、静まりかえっていた。建て付けの悪い戸を開けると、薬売りは中へ声をかけた。
「おや、薬売り屋さんかね。久しぶりに化粧でもしようかと思って、棚の上の……」
 声だけがして、お婆は一向に姿を現さない。
「もうこんなして、二日も三日もたっちまった。腹は減るし、厠へ行くにも……」
 お婆は、いつもの声で言っているが、何をしているのか、襖の向こうにいる。
「おばば、上がってもいいかい。おばばと言えども、女一人のところへ男が上がっちゃあ、世間様が。ごめんよ。おばば、どうした」
 襖を開けると、布団の上に這いつくばったお婆が、歪んだ笑顔を見せた。
「ありゃりゃあ、これじゃあ、声はすれども姿は見えず、だな」
「何か良く効く薬はあるかい」
 薬売りは、お婆の脇の下に帯を掛けると、柱に括り付けた。腕まくりすると、お婆の両足を抱え、じわじわと力を入れて引いた。
「な、なにするんだよう」
「少し我慢するんだ。じきに楽になるさ。貼り薬を貼る前に、体の歪みを治さんと」
 引いたり緩めたり何度かした薬売りは、薬箱から膏薬を取り出すと、お婆の腰にペタリと貼った。

 数日後。杉の天辺で囃し立てるカラスを、追いかける、お婆の元気な姿があった。





回り舞台

2020-06-07 16:25:54 | 風に乗って(おばば)


 回り舞台

春の日を浴びて、お婆は子供たちと縄跳びに興じていた。

「これが修業なんですか」
女の声に振り向くと、手足を縛られた女がジャリ石の上に正座している。背筋を伸ばし痛みに耐えていた。
女の視線を辿ると、手足に重い鉛の固まりをつけられた十歳位の男の子が、這いずっていた。口を塞がれ母を呼ぶ声も出ない。眉をしかめ、必死に前に進もうとしている。
「あの子が何処まで進めたらいいのですか」
女が叫んだ。
女の傍らでどうする事も出来ずに見ていたお婆は、太股に小さな痛みを感じていた。
男の子が、立ち木に縋り立ち上がった。ささくれた木の皮が手に刺さり、赤く糸を引いて流れた。
「手助けは駄目ですか」
たまりかねた女の声が震えた。
ふらふらと立ち続けていた男の子が、鉛の重みに耐えかねて、もんどりうって倒れた。
「しっかりおしっ」
女がたまりかねて転がると、男の子の方に回転していった。
お婆は、後を追おうとしたが、自分の太股に、着物の上から刺さっている大きなトゲに気づいた。トゲは、少しずつ皮膚に食い込み、痛みを増していった「おかぁさん」と男の子が叫んだような気がした。女は転がりながらお婆に助けを乞うた。
だが、お婆の太股に食い込むトゲを見ると、「あなたも同じですか」と言った。

「おばばぁ、早く跳んでよう」
汗を飛ばしながら子供たちが呼んでいる。
太股のトゲの痛みも忘れてお婆は跳んだ。
陽が山に隠れるまで跳んだ。