還暦を三つ超えた三人は、身仕舞いをして手を清め、入室した。長谷寺の写経の場となっている仏間に、経机が十ほど並んでいた。数人が既に写経をしている。
「私、膝が痛いから」
と、徳子が入口に近い椅子席に着いた。その隣席の座布団に孝江が着き、その隣に依子も座った。
三人とも「延命十句観音経」を写経する。
経机には硯と墨と筆、それにフエルトの下敷きと文鎮が用意してあった。
「筆ペンにするわ」
徳子が、仏壇の前に並べてある筆ペンを借りてきた。孝江と依子は、用意してある筆を使うことにする。
「観世音南無仏――」
和紙に薄く書かれている文字を上からなぞる。筆ペンの徳子は一番先に書き終わった。孝江が『願意』のところでしばし考えている。依子は『心身共に健康で過ごせますように』
と、書き記す。
孝江が自分の書いたものを読み返している。依子が少し体を傾げて覗くと、
「庄一共々健康でいられますように」と、書いてあった。孝江の夫の名前ではない。
孝江が慌てて写経書を畳むと、依子に向かって、唇に人差し指を縦にあてた。
仏間には、出入りする人たちの衣服のすれる音と、筆の音があるだけだ。線香の漂う中、依子は小さく咳払いをした。
三人は外に出ると深呼吸をした。三十分ほどの緊張感をほぐす。
徳子が、写経済みの奉納書は持ち帰ると言った。孝江は奉納祈願をすると言い、依子はどうしようか迷っている。
弁天窟や長谷観音を見学した後、高徳院の鎌倉大仏の体内に入ることを計画している。
江南文学56号掲載済「華の三重唱」シリーズ
初老の孝江と依子と徳子のプチ旅物語です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
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別館『俳句・めいちゃところ』
お暇でしたらこちらへもどうぞ・太郎ママ
https://haikumodoki.livedoor.blog/
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「私、膝が痛いから」
と、徳子が入口に近い椅子席に着いた。その隣席の座布団に孝江が着き、その隣に依子も座った。
三人とも「延命十句観音経」を写経する。
経机には硯と墨と筆、それにフエルトの下敷きと文鎮が用意してあった。
「筆ペンにするわ」
徳子が、仏壇の前に並べてある筆ペンを借りてきた。孝江と依子は、用意してある筆を使うことにする。
「観世音南無仏――」
和紙に薄く書かれている文字を上からなぞる。筆ペンの徳子は一番先に書き終わった。孝江が『願意』のところでしばし考えている。依子は『心身共に健康で過ごせますように』
と、書き記す。
孝江が自分の書いたものを読み返している。依子が少し体を傾げて覗くと、
「庄一共々健康でいられますように」と、書いてあった。孝江の夫の名前ではない。
孝江が慌てて写経書を畳むと、依子に向かって、唇に人差し指を縦にあてた。
仏間には、出入りする人たちの衣服のすれる音と、筆の音があるだけだ。線香の漂う中、依子は小さく咳払いをした。
三人は外に出ると深呼吸をした。三十分ほどの緊張感をほぐす。
徳子が、写経済みの奉納書は持ち帰ると言った。孝江は奉納祈願をすると言い、依子はどうしようか迷っている。
弁天窟や長谷観音を見学した後、高徳院の鎌倉大仏の体内に入ることを計画している。
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