ピアノの演奏が始まった。
クラシックから歌謡曲までをレパートリーに持つという今日の演奏者、南川佐和子。六十代半ばだろうか。白い物の混じるカールした髪を揺らして弾く。
私の席からは、白いしなやかな指の動きが、はっきりと見て取れる。
七分袖の薄紫のブラウス。同色のサテンのロングスカートが波打つ。
会場は演奏者の熱気に圧倒されている。
プログラムは、演奏だけでこなしてきたという過去とは大きく違えて、半分はトークに当てている。
トークを終え、再び舞台の袖からピアノの前に掛けた時、両手親指の付け根にテーピングが巻かれていた。
再び力強く弾く。
二度目のトーク時間を挟んで終盤の演奏を始めた時には、手首から肘まで、腕の両側にテーピングが貼られていた。
眉間を寄せ、微笑む口元。半開きの瞼。激しく舞う指たち。
最後のキーが叩かれた。
会場は一斉に拍手。
鳴り止むまでには長い時間がかかった。
次々に花束を抱えたファンが取り囲む。
「わたくしは一束だけ頂いて帰りますわ」
佐和子は、持ちきれないほどの花束の中から一つだけ抱えると微笑んだ。前髪が汗で濡れている。再び拍手が沸き起こった。
聴衆の帰るロビーに佐和子がステージ衣装のまま立っていた。沢山の花が籠に入れてある。一本ずつ客に手渡す佐和子の手や腕からは、テーピングが消えていた。
赤いバラを受け取った白髪の老婦人が、深々と頭を下げた。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
今回が最終回です。楽しんで頂けましたでしょうか?
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