銘茶処
「あのう、こちらですか」
一人の女が戸を細めに開けると、遠慮がちに中の者に声をかけた。
「おや、いらっしゃい。あんたもここのお茶をご所望かね」
曲がった腰のお婆が出てきて言った。
「さまざまなお茶があるとか・・・・・・」
「そうだよ。裏山に湧き出る水で入れるお茶さね。それであんたはどんなお茶を」
「なんとか、夫の心の中が見えるようになるお茶を頂きたいと」
お婆は、古びたのれんをくぐり奥へ消えた。
水瓶から鉄瓶に入れる水音がして、鉄瓶の口から水をこぼさないようにしながら、お婆が現れた。上がり端の、大きな火鉢の五徳を押しつけて、鉄瓶をのせた。僅かに残っていた燠に炭を足すと「ふうっ」と吹いた。
「なんで夫の心の中まで見たいのかね」
お婆は、湯が沸くまで何でも聞いてやるから、訳を話してみろと言った。女は、その言葉を待っていたように涙をこぼし、話し始めた。話しているうち怒りが込み上げてきたのか、身ぶり手ぶりも激しくなってきた。そのうち、口から泡を飛ばしながら、鉄瓶が音を立てるまで、延々と続けた。
お婆は、手元に急須と湯飲みを引き寄せた。
「ずいぶん悪いことばかり聞いたが、良い所の一つもない男なんだね。女は男次第さ。徹底的に見た方がいいよ。もっと悪い所が見えるかもしれない」
女は悲しい顔をしたが、気をとり直したように手を振り「少しは良い所もある」と言った。それに私にも悪い所がと、苦笑いをした。
「それでもしっかり見たいのだね・・・・・・」
女は下を向き、火鉢の縁を撫ででいたが、「普通のお茶にして下さい」と言った。