紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

★48 たまご売り

2024-07-28 06:55:34 | 「と・ある日のこと」2024年度

 
と・ある日。某ダンスホールに出かけました。今日のスタッフ5人の中に、養鶏場の社長をしているSちゃんが居ます。Sちゃんは、話術も面白く、ダンスは軽快な足取りで踊ります。人気者の一人で、いつも明るく楽しいダンサーでもあります。

 今日も、6個入りパックの卵を持参しているようです。休憩時間になると、スタッフの誰かが「ミネソタのたまご売り」の曲を掛けました。ずうっと若い頃聞いたことのある曲です。
「ココココ コケッコ・・・」と女性歌手が歌いだすと、Sちゃんは踊り出します。
ホールいっぱいに、飛んだり跳ねたり。鶏の動作を真似て踊ります。流石に、日々鶏と付き合っているだけあって、まるで鶏の雄が沢山居る雌の間を踊っているように見えます。

ホール中のスタッフとお客様が「ヤンヤ」の手拍子を送ります。そうして曲の中盤になると、数人のお客様がカウンター前に並びます。6個入りのパックは頑丈で、遠方までの持ち運びにも耐えられそうですが、私は購入したことはありません。混んだ電車内では心配でもありますし、我が家のキッチン係は、常に冷蔵庫に卵を収納しているからです。

「卵お買い上げありがとうございます。後、4パック残りがあります。どうぞ宜しく。売り残して帰ると、まず、子供が泣き、妻が泣き、そして、自分も泣くことになります」
 Sちゃんは、お客様に訴えます。笑い声が響きます。三人が買い上げました。
「あと、1パック」
 Sちゃんが声を上げます。
「残りはセリで。五円から」スタッフの一人が叫ぶ。「ちょ、ちょっと待って。お願いしますよ。1パック6個で、五百円です。お願いしますよ」卵売りのSちゃんが叫びました。

猛暑のこの日も卵は売り切れました。





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★47 青大将と夏燕

2024-07-21 05:21:17 | 「と・ある日のこと」2024年度


「青大将が現れたよ」
 夫は、一大事を訴えるように言う。聞けば、バードゴルフの練習に出かけようと玄関の扉を開けたら、扉に添って長々と涼んでいたらしい。ここのところの暑さに出てきたらしい。

 青大将と初めて遭遇したのは、喫茶店営業中だった。カウンターの椅子で休憩していた時。「バサリ」と、本でも落ちたような音で見ると、カウンター内の造り付けの食器棚の上から落ちたのか? 動いたのは1mほどの青大将だった。大捕り物は不発に終わり、冷蔵庫の下に逃げ込んだ青大将は翌朝には居なくなっていた。それから毎年のように梅雨入り頃に現われるのである。どうやら、庭の一角が住処らしい。喫茶店を閉業して、店舗と住まい全部を解体し、新築住居になったにも関わらず、年一、二回は見かける。気持ち良いモノではないが、だからと言って、どうすることも無く、我が屋敷の守り神になった。


 新築家屋が出来上がった翌年の梅雨入り頃、毎朝燕の囀りがした。玄関のポーチは三坪。ポーチの天井中央にある丸い照明に、燕が巣作りを始めたらしい。番がせっせと何処からか材料を咥えてきた。その巣は数年使え、毎年4,5羽が巣立った。築15年過ぎて屋根を葺き直し、外壁全体を塗装したときに、巣を取り壊してしまった。

 あれから、毎年、玄関ポーチの内覧があったのだが、巣作りはしてもらえなかった。なのに、今年の燕たちは、数日内覧に来ていて、そして、ついに巣作りを開始したのだ。
 燕の囀りは喜ばしいもの。ポーチの天井中央の照明器具は、鴉の襲撃も、青大将の悪戯も出来ないような場所。
 抱卵日数は三週間弱。ついに弱弱しい鳴き声をさせて雛が誕生した。楽しんで見守る。


舌打てば四つの顔出す燕の子


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★46 二度目の寡婦

2024-07-14 06:32:31 | 「と・ある日のこと」2024年度


「また、未亡人になってしまったわ」
 と、ちょっと自嘲気味の声が、すぐに涙声に変わった。一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

「私が殺したのではないわよ。助けられなかった。そうめんを柔らかくして、少しとろみをつけて飲み込みやすくして食べさせていたんだけど。咳き込んでね、その時喉に詰まらせたみたいなの。私は殺していないわよ。何しろ痩せていても重かった。息子を呼んで吐き出させようとしたんだけど・・・。救急車が来た時には呼吸は止まっていた。心臓がよほど弱っていたのね、助けられなかった。また、未亡人になってしまったわ」
 彼女の声は絞り出すように、そして、千切れるように、それでも一気に言うと、しばらく嗚咽が続いた。

 GWの3日が通夜で4日が葬儀だと言う。
身内だけで葬儀を執り行うそうだ。私は地図を広げて彼女の移住地の国を見た。遠い。

 3日の朝、いつものように狭庭を徘徊していた時、ふわりと私を掠めた影。影を追いかけると大きな黒い揚羽蝶。きっと亡くなった彼だ。急いでカメラを持ち出す。揚羽蝶は、ふわふわと私の周辺を舞う。植物に留まるところを待ってシャッターを押す。ご冥福を祈る。

 彼女は先の夫君を突然死で亡くす。息子と娘はまだ中学生と高校生。二人を育てるのに必死に仕事を選び、その先の先輩だった彼と結婚したのは、共に還暦を過ぎてから。そして、介護生活七年が過ぎて、二度目の未亡人となった。

 彼女自身も乳がんを患い、想像を絶する介護の毎日だったようだ。残りの人生の幸せを祈らずにはいられない。


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★45 西新井大師様

2024-07-07 06:08:20 | 「と・ある日のこと」2024年度


 4月半ばの、と、ある日のこと。
 東京・西新井大師様に初めて参拝した。

大師線に乗って一駅が終点であった。すぐ側が西新井大師様の境内である。大師様のご近所さんのダン友から事前に頂いていたパンフレットを見ると、駅より少し離れた所に仁王門があるらしい。
立派な塀越しに牡丹園が左に見えた。沢山の種類の牡丹が丁度見頃であった。暫し足止めさせられた。少し離れた場所の仁王門は、赤黒くガッシリとした翼を広げたような荘厳さであった。

仁王門から本堂が見える。左右に様々な祈りの場の建物があるようだ。まず、本堂前へ。
本堂は高い場所にあり見あげるほどの石段が続いていた。カートでは階段を上がるのは困難だ。本堂前の大きな香炉に近づき、ここでお線香を供えて、ここからご本尊様へご挨拶させていただくことにした。

備え付けのお線香の束一つの代金百円を所定の場所へ投じ、電気コンロのような器具で火を点け香炉の灰の中へ立て供えた。

手を合わせ本堂に向かった時、階段の上部から杖を突いた翁が階段の中央にあるパイプの柵に縋り、一歩ずつ足を踏み出し、尻を着きながらイザるように階段を下りだした。それはとても危うげで、見ている私の足が鳥肌を立てるほどであった。手助けをしようと思ったが、カートを引く自分もそう若くはない。二人して転げ落ちたりしたならどうするのだ? 思いとどまって翁を見守ると、柵を放さず、一歩一歩時間をかけて下りて来る。毎日のように、修行のように、階段を上り、手を合わせているのかもしれない。翁の表情は淡々として穏やかな表情で私の近くを通り過ぎた。「ほっ」思わず吐息をついた。改めて本堂に向き手を合わせ。今日のお目当ての三匝堂(さざえ堂)に向かった。



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