俺はドアを開けて入った。
部屋の中央にパイプ椅子が一脚ある。全神経を耳に集め、椅子に腰を下ろした。
第二販売部だった空き部屋の窓から道を隔ててビルが見える。左右は白い壁。八号の日本画が掛けてある。青い風景に白馬が一頭。湖で水を飲んでいる絵だ。
ドアに神経を向けたまま目を閉じた。いつか、同じような環境を体験した気がする。
「ようく自分の心ん中を覗いて見ろ」
父の声が蘇った。突き放されたような孤独感に被われたまま、物置小屋に立っていた。中学三年生だった。
小屋の軒下に小さな蜂の巣があった。一匹の蜂が羽音をさせ出入りしていた。泥を吐き巣の拡張工事中だ。
友人との諍いは、単なる俺の嫉妬心か、競争心か、独占欲か、虚栄心か。あの時父は見抜いていたのだろう。
ドアが開いた。俺の新たな上司となった第一販売部々長の気配がする。目を開け、前方を見たまま起立した。部長は、俺の前に立った。缶コーヒーを持っている。
「まぁ座れ、飲まないか」
椅子は一脚だ。部長は俺の親父に近い年齢だ。座るわけにはいかない。
「君はどう思うかね。一枚の絵が掛けてあって、それと一脚の椅子だけのこの部屋を」
部長の言わんとすることが分からない。
「はぁ、子供の頃を思い出しました」
「親父に怒られたことでも思い出したかね」
部長は声を上げて笑った。
「そうか。今日は良い天気だな。昼休みに公園にでも行って来い」
俺は独りになった部屋で椅子に掛けた。
著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
別館ブログ「俳句銘茶処」
https://blog.ap.teacup.com/taroumama/
お暇でしたら、こちらにもお立ち寄りくださいね。
お待ちしています。太郎ママ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今記事が今年最後となりました。
拙作をお読みいただきありがとうございました。
「イワタロコ」シリーズは、あと3作で終わります。
次回も掌編を予定しております。
皆様には良いお年をお迎えくださいね。