紫陽花記

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別館★写真と俳句「めいちゃところ」

(3) お袋のボランティア

2021-05-27 16:45:05 | 夢幻(イワタロコ)


 お袋がボランティアを始めた。息子の俺がやっと会社勤めに出たかららしい。
「あたしはぁ、これから好きにさせて貰いますからね」
 親父と俺に宣言した。

「なにするつもりだ。祖母ちゃんのことは?」
 親父は新聞から目も離さないで聞いた。俺は、お袋が何に興味を持っているかは知らない。ただ、姉と死んだ兄と俺の成長を楽しみに生きてきただけだろうと思っていた。
 同居している親父の母親、つまり俺にとっての祖母は八十四歳。何種類かの薬を飲んではいるが元気だ。お袋と祖母とは、仲が良いのか悪いのか、見当がつかないくらい話をしている姿を見ない。親父はもめないから仲がいいと思っているらしい。
「なにって、これから考えるわよ」
 お袋は体を揺すって、俺たちを威嚇するようにもう一度「好きにさせて貰うから」って言った。

 どんなボランティアなのか聞いていないが数日後決めたらしい。月に一回、例会があると言っていた。
 例会の日。俺が会社から戻って来ると、食卓に夕食の準備がしてあった。親父はまだ帰ってきていない。祖母が一人で、テレビのボリュームを上げて食べていた。
 テレビに目を向けたまま、祖母が口を歪めて言った。
「年寄りの話を聴くボランティアだとさ」
「傾聴? そんなボランティアがあるんだ」
 お袋はどんな顔して他人の話を聴いているのだろう。祖母が言った。
「私にはろくすっぽ話し掛けもしないで、年寄りの話なんか聴いて上げられるんかねぇ」
「お袋、他人には優しくなれるのかな」


著書「夢幻」収録済みの「イワタロコ」シリーズです。
楽しんで頂けたら嬉しいです。



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ワクチンの筋肉注射ビビる夏

2021-05-18 11:49:28 | 「とある日のこと」2021年度



 4月9日(月)午前8時半から、電話・インターネットでの新型コロナウイルスのワクチン接種予約が始まった。時間キッカリに掛けた電話は「只今混み合っていますので、しばらくしてからおかけ直しください」というアナウンスが聞こえるばかり。ネットで接種予約サイトへアクセスしても、「サーバーの不具合で」となって、どちらも繋がらない。
この日は、出かける予定になっていたので、テレワーク中の息子に頼んで家を出た。夕方戻ると、午後にネットで予約できたとのことだった。他の自治体ではどこも電話もネットも混み合って予約できないという苦情が多発していた。

5月17日(月)小雨。予約していた、M整形外科医院へ、予約時間の午後4時に入り、少し待ったうえでコロナワクチンを打ってもらった。接種後の15分間の様子見を経て家に戻った。少し神経が高ぶってはいたが、大きく体調を崩すまでにはならない。その夜の入浴は、時間を短縮して済ませた。

一夜明けて目覚めると、接種した左上腕が痛い。注射は気づかないほど痛みはなかったのに、体内にコロナウイスワクチンという異物が入ったことで、接種部分の筋肉が固くなり、痛みを伴っている。大きく異反応が起きることもなく済んだことに一安心である。2回目の接種後はどうなるか不安ではあるが、これで、新型コロナウイルスの脅威から少しは逃れることが出来たのではないかと思う。

東京や大阪では、自衛隊の医療従事者の働きで、大型接種会場が開設され、申し込みが始まった。少し遅いと思う日本のワクチン接種。少しでも早く希望者全員に届き、暮らしやすくなることを願いたい。まだまだ暫くは今まで通りの感染予防策を続けるのは勿論のことだが。


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(2) 俺、イワタロコ

2021-05-12 07:02:55 | 夢幻(イワタロコ)


「お前の名前は父ちゃんの名前から取ったのさ。祖父ちゃんが付けたんだ」
 祖母がそう言って、俺の両頬を両手で挟んだ。五歳の時だ。

「祖父ちゃんは働き者だった。軍服がよう似合っていたよ。戦争に行ったさ。お前の父ちゃんの『岩太郎』が生まれて直ぐだ。戦争から無事戻って来ても戦争の話は何にもしなかった。こちらもなんにも聞かなかったよ。時々、夜中にうなされている祖父ちゃんを見ていると、うんと恐ろしいことを経験して来たんだろうと思ったからね」
 そして祖母は、祖父の脛を掠めた弾痕の話を付け加えた。
「お前の父ちゃんがお前の母ちゃんと結婚した時には、祖父ちゃんは大分体が弱っていたんだ。その頃生まれたお前の名前を付ける時に、あれこれ考えを巡らすことも出来なかったのかもしれない。『岩太郎』の子だから『イワタロコ』って名付けてから、カタカナ名はこれからの時代にマッチしているって誇らし気に言ったよ」
 祖母はそこまで話してから俺の顔をじっと見た。

「イワタロコ、お前は自分の名前を気に入っているかい」
 俺は子供心にも良いことを言わないと、祖母が何と思うか心配になった。
「うん」
 後は何も言わないで頬を緩めた。それを見届けると祖母は仏壇に向かった。
 なにを祈ったかは知らない。長い時間、家で一番良い座布団に座って手を合わせていた。
 俺は、胸を張った祖父の写真を眺めていた。黒い着物の写真の角に、『吉朗次』って名前が書いてあった。


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