「ああ、石の布団を被って寝たいよ」
男が呟いた。
男の言葉が、掃除をしている女の右耳から入り左の内耳で止まった。男は五十代半ば。スーツを着ている。一回りも年下に見えた。駅に続く高架道の鉄製の柵にもたれて、下を通る車や人混みを目で追っている。
「ごめんよう」
ホーキで、男の靴の前を掃く。
男は無言で場所を移動した。
「あ、カバン。忘れてるわよ」
男が頷くと、柵に立てかけていたカバンを小脇に抱えた。見るからに重そうなカバンだ。
「最近の若者はマナーが悪いんだから。掃除してもすぐ汚すんだものさ」
「ここ、毎日掃除しているのですか?」
「そう。生活がかかっているからね。なにせこの歳になると、なかなか雇ってもらえないんだわ。仕事があるだけ幸せってものよ」
「ご苦労様ですね」
男は揃えた指先で口の周りを撫でると、駅前のビル群に視線を泳がせた。
「あ、そう言えば、さっき石がなんとかって聞こえたけど」
「聞こえましたか」
男は前を向いたまま溜息をついた。
「ずいぶん疲れてるみたいだねぇ、お宅」
「ああ、寝る間もないっていうのかな。景気は回復したってお偉いさんは言うけど、まだまだ厳しいですからね」
「よっぽどなのね、石の布団を被って寝たいだなんて」
「ええ、疲れが取れなくてね。なにもかにも嫌に。あ、いや。なんか、話していたら元気が出てきました」
男はカバンを持ち直して歩き出した。
著書「夢幻」収録済みの「ステタイルーム」シリーズです。
主人公はそれぞれの作品で変わります。
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