笑いを武器にして差別をなくそうと活動する、新潟のお笑い集団NAMARAのお話です。
お笑い集団NAMARA代表の江口さんとわたしが初めてお会いしたのは、一九九六年の冬のことです。
当時、東京での仕事を辞め、新潟に帰ってきたばかりの江口さんは、真夜中の酒場で、「新潟でお笑いをやりたい」と熱く語っていました。
その後江口さんは、「有言実行」を貫き、さまざまなイベントを仕掛けては仲間や芸人を募り、やがて、今のNAMARAを築き上げます。
NAMARAの芸人さんには、いろいろな人がいます。テレビやラジオなどで活躍する芸人さんたちを、多くの方が目にしたり耳にしたりしていることでしょう。
その中で、最近もっとも活躍している芸人さんとして、「脳性マヒブラザーズ」がいます(※1)。
「脳性マヒブラザーズ」は、「しゃべれない脳性マヒ」のDAIGOさんと、「歩けない脳性マヒ」の周佐さんとの漫才コンビです。お二人の漫才を見聞きしたことがある人もいると思いますが、これが本当におもしろい。NHK・Eテレの「バリバラ」で全国区の芸人となり、最近は、映画にもなかなかよい役で出演するなど、今ノリにノっているコンビなのです。
最近刊行された新潟高教組の文芸誌「汽水域」五号(※2)のNAMARA座談会で、お二人がNAMARA芸人になる経緯が書いてあるのですが、江口さんは、DAIGOさんが「漫才師になりたい」といって来たとき、「いいよ」と受け入れたそうです。さらに、「でも、君は何言ってるかわからないから、君の言葉を通訳してくれる相方を連れてきて」と言ったら、DAIGOさんは周佐さんを連れてきたのだそうです。
江口さんは同誌で、こんなことも言っています。
「どんな人だって、その人に個性に合わせてやれることがある。たとえ、一人ではできなくても、組み合わせによってどうにでもなるんですよ」。
「障がい者」だから、被差別出身者だから、女性だから、学歴が「低い」から、LGBTだから、外国籍だから……。そのような理不尽な理由で差別・排除される、という厳しい現実が、今のわたしたちの社会にはまだまだありますが、江口さんは、そのような立場の人たちを、「お笑い」という武器で包み込み、その人たちが「自分らしく生きられる場所」を作り出そうとしているのです。
江口さんとNAMARAの活動からは、差別をなくしていくためのもう一つの道筋が見えるような気がします。
※1 脳性マヒブラザーズは、2018年11月をもって解散しました.
※2 「汽水域」5号は2014年11月発行。発行は新潟県高等学校教職員組合です。
※2 「汽水域」5号は2014年11月発行。発行は新潟県高等学校教職員組合です。
【人権Cニュース32号 2014年12月号 より】