88グリーンビートル

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京都 竜安寺

2021年04月02日 | 日記
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京都 竜安寺 (2019年8月に訪れる。記事は2021年)

















竜安寺といえば、石庭です。

外国人向けのガイドブックに、どのように紹介されているのか知りませんが、いつ来ても外国人が大勢すわりこんで、石庭に見入っています。禅が、何か神秘的なものにみえるのでしょうか。

昔、当時は大勢の組合員がいた造園組合の研修旅行で、竜安寺を訪れたことがあります。

この石庭を見て、誰かがつぶやきました。

「これではゼニがとれんでかんわ」
「ほやのー」

時は、造園ブーム。

マツなんて、値段があってないようなもの。庭石に至っては、これはどこそこの石で、値段はいくらいくらしたということが、庭の良し悪しになっていました。

砂利の上に、そこら辺の石にしか見えない石を配置しただけの庭では、確かに請求書が書きにくい。

今回、有名な銭形蹲(つくばい)の前で、その謂れをじっくり読んで、初めて石庭とのかかわりを知ることができました。

まず、鉢に彫られた文字ですが、知らない人には、“五”以外の漢字は読めません。しかし、水鉢の口を利用して読むと、吾唯足知(吾唯足るを知る)という仏の教えになります。

足るということを知っている人は、心に富を持ち、足るということを知らず、すべてを手にしないと満足でいない人は、貧しい心を持つという意味です。西洋のことわざにもある、「持てば持つほど、欲しくなる」 というあれに似ています。

話を戻しますが、先ほどの石庭は、15の石からなっています。

ところが不思議なことに、どの角度から数えても、石は14しか見えない。どれか一つが、ほかの石の陰になるからです。

お釈迦様はこう言っています。「14の石が見えれば、それでもう充分だと思いなさい」



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姫路 好古園

2021年04月02日 | 日記
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姫路城 好古園 (2019年8月に訪れる。記事は2021年)

昭和の時代に、昔姫路城の西側にあった、9つの武家屋敷跡に、それぞれを築地塀などで仕切り、9つの趣の異なった日本庭園を造ったのが好古園です。好古園の名前の由来もあるのですが、忘れました。






武家屋敷は、このような道を挟んで塀を連ねています。「客を乗せた駕籠が、月の照る夜道を、エイホエイホとやってきます。そこへ突如、黒頭巾で顔を隠した怪しげな浪人がバラバラっと現れて・・・」とまあ、池波正太郎の小説に出てくるような場所です。軒を連ねてと書きたいところですが、軒も建物もなく、門をくぐると、庭があるだけです。









ここで、お茶を一服いただきます。

























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