#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【Aug_06】大石誠之助の墓

2017-08-13 | KUMANO
1911年1月24日に刑死した大石誠之助の墓も、南谷墓地なんだけど、
中上健次の墓と背中合わせのような位置にある。
ちょうどこの写真の背景にあたるところが、健次の墓の位置。

中上健次もまた、熊野で生まれ、熊野で育ち、大逆事件の因縁を受けて死んでいったのか…と、
大石誠之助の墓前で感入った。


写真UPしました。
【on_Flickr】0805_KUMANO
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【Aug_06】没後25年の命日。

2017-08-13 | KUMANO
08/12は中上健次没後25年の日。

建築カメラマンの助手だった当時の記憶を呼び覚まそうと25年前のノートをめくる。
なんと、25年前の1992年、04/25に尾崎豊が亡くなっていた。
そして、08/04には母方の祖母が69歳で召されていた。
…その悲泣のどん底の時に、中上健次は逝った。

ノートは綴る。

10年前の10/04にはグレングールドも脳卒中により50歳の若さで亡くなっている。
1992年は死が散りばめられていた年だったようだ。

自身の人生も下降を辿り、ガマの中へ落ち込むように翌年、職を辞し、
仙台の実家へ戻ることとなる。

それでもノートには、グールドのコトバを借り、
「一般的な規則から逸脱したもののみが、逆に本当に普遍的なものに到達できるというパラドクス。
…アーティストとしての価値はただ一つ、対象としている世界から隔絶していることだ。
私は孤独な状態でこそ、能力を発揮できる人間なのだ」
と、自分を鼓舞しているのが、痛ましい。

こうやって、25年の時を経て墓前に組して思いを吐露してみても、
偉大なる作家の存在はますます遙か遠く、自身を顧みるばかり。
せめて何かに導かれようと、刻まれた名前をじっと見つめるのみ。


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