取引先の社長(78歳)が亡くなったので通夜に行ってきました。
亡くなった川辺(社長)さんは私が二十代からの知り合いで、
当時は蔵前の玩具問屋で縁起物を担当していました。
セルロイドのタイやエビス・ダイコクを納品に行くと、
川辺さんは地方の取引先へ送る商品の荷造りをしていました。
お酒が大好きで、赤ら顔をしているのをよく見かけました。
昭和65年に玩具問屋が廃業すると、
川辺さんは千葉県市川に縁起物の製造販売会社を設立しました。
それ以来、セルロイドの縁起物は川辺さんを通して、
各地の需要家へ販売されるようになりました。
縁起物は塩ビ製が主流になり、
セルロイドはあまり使われなくなりましたが、
長い間、お世話になった川辺さんには、
たいへん感謝しています。
亡くなった川辺(社長)さんは私が二十代からの知り合いで、
当時は蔵前の玩具問屋で縁起物を担当していました。
セルロイドのタイやエビス・ダイコクを納品に行くと、
川辺さんは地方の取引先へ送る商品の荷造りをしていました。
お酒が大好きで、赤ら顔をしているのをよく見かけました。
昭和65年に玩具問屋が廃業すると、
川辺さんは千葉県市川に縁起物の製造販売会社を設立しました。
それ以来、セルロイドの縁起物は川辺さんを通して、
各地の需要家へ販売されるようになりました。
縁起物は塩ビ製が主流になり、
セルロイドはあまり使われなくなりましたが、
長い間、お世話になった川辺さんには、
たいへん感謝しています。