コロナ肺炎「ハッピー低酸素」症の罠
いよいよ日本でも感染爆発の状態となってしまいました。
様々な風説、ローカルな罹患者数のカウントへのバイアスなどを取り除き、2021年初における新型コロナウイルスの包括的な状況を考えてみたいと思います。 とりわけ、「ハッピー低酸素血症(happy hypoxia)」と呼ばれる新型コロナウイルス感染症で顕在化した状態に注目してみます。
年末から年始にかけて、多くの方に読んでいただいた羽田雄一郎議員の訃報をめぐる前稿「羽田議員の急死が万人に教えること コロナ急患の移送は必ず救急車で」公開の後、多くの医師の友人、知人、同僚と関連の話を議論しました。
その内容を踏まえて、誰もが考えておくべき「新型コロナ急患の備え」を感染爆発のタイミングでまとめておきたいと思います。 ■ グローバルな統計から まず2021年頭時点で、コロナはどんなパンデミックであるかを簡潔にまとめておきましょう。
全世界のコロナ感染者は、約1億人となりました。全世界の人口が80億人程度とすると、1.25%程度の人が罹患している。
次に日本の数字を見てみると、約30万人が罹患している。日本の人口は1億2000万人程度ですから0.25%程度に相当し、世界の数字と比べると約5分の1と、累積の罹患者は少なく出ています。 次にシリアスな現実として死者の数をみてみましょう。世界のデータでは1億人の感染者で200万人が亡くなっている。致死率は2%程度となるでしょう。 日本では30万人の感染者に対して4000人強の死者が報告されている。母数も、犠牲者も、統計の数字がどの程度信用できるか分かりませんが、1.3~1.5%程度は亡くなっている。
ここで、世界の数字と比べて日本人が何を考えるべきか。
1 日本の医療は世界の標準より高い水準にあり、致死率が低く抑えられている。
2 病気自体の本質は変わらず、一度発症した際、危篤に陥る確率はほぼ世界と変わらない。 という2点に注意しておく必要があるでしょう。
「日本人、東洋人は免疫があるから大丈夫」式の安易なお話には昨年春から幾度も警鐘を鳴らしてきました。
患者数が激増すれば、その体内で発生するウイルスの絶対数も莫大な数に及び、その中で突然変異の発生する確率がありますから、変異株が発生する数も高くなってしまう。 ミンクの例でもお話したように、新型コロナウイルスは人獣共通感染症でもあるので、ヒトと家畜、あるいは野生動物など、異なる種の宿主間を往復すると、突然変異する確率が高まるという報告もあります。
その際、リスクは増大こそすれ減る兆しはおよそ見られません。記憶しやすいようまとめると、グローバルな水準で 「コロナは2%の人が罹患し、そのうち2%が落命する可能性のある21世紀の感染症」と考えておくと、大きくずれないかと思います。
これを「では、98%は大丈夫なんでしょ」などと勘違いしてはいけません。 全世界を覆った1918年のスペイン風邪の致死率は2.5%以上、つまり97.5%程度の人は生還したわけですが、第1次世界大戦が継続できなくなる程度に人類社会は決定的な影響を受けました。 ロシアでは社会主義革命が成立し、戦後経済はハイパーインフレーションを経て金本位制の命脈も絶たれました。
新型コロナウイルスが「弱毒性」というのは、「2.5%以上」が「2%程度」というくらいの「弱毒」であって、日本でも現実に毎日、何十人という単位で亡くなっているわけで、母数が増えればその分犠牲者も増加します。
まず感染しない、させないこと。
次に、感染しても命を守るために、羽田議員のケースを見ても決定的に重要と思われる「低酸素」の状態について考えてみたいと思います。
■ 「冬眠」か「ハッピー低酸素」状態 今回のパンデミックでは呼吸器疾患が圧倒的に多いわけですが、春先から「不思議な状態」として知られるようになったのが「ハッピー低酸素血症」と呼ばれる状態です。
当初、米国ウオールストリート・ジャーナル誌の報道から一般化した経緯から、やや不謹慎な「ハッピー」という表現がなされて、一定定着しています。
しかし、臨床の論文などでは「サイレントな」つまり静かな低酸素症、劇症化しない状態と呼ばれています。 通常、人間の血中酸素濃度は90%台後半で、80%台に低下すると生命の危機があるとされます。
年末、羽田議員のケースに関する前稿を記してから、私自身もパルスオキシメーターで自分の血中酸素濃度を測ってみました。96~97%程度の数値が常に出ます。 ところが、今回の新型コロナでは、パルスオキシメーターで測って60%台という、どう考えても生きていられないような数字が出ながら、息切れを起こさずに生存している患者が多数報告され、臨床研究論文も多数出ています。
そのなかの一つ、M.トービンらの研究は多くの示唆に富むもので、多くの引用を受けています。
例えば、パルスオキシメーターの精度。 普通、80%を下回る血中酸素濃度では、ヒトは生きていられません。少なくともそう考えられている。 ということは、そんな領域の検出精度を上げても、メーカーとしては採算が取れませんから、90%台を中心に、高い精度が出るようにパルスオキシメーターという製品は製造販売されている。
つまり、70%台とか60%台と出る数字そのものは、ほとんど信用がおけないのではないかという指摘。これは重要です。
一般に臨床医は、診察室で検査結果の数値だけを見て考え、診断を下します。 数字を見誤れば誤診になります。私の元学生の医師などで、誤診を犯しかけるケースも多数見てきました。 60%台の血中酸素濃度で、普通にしているというのは、測定に問題がある可能性を指摘すべき面がありうるでしょう。
しかし、パルスオキシメーターの正常な測定域を超えて、低酸素でも症状が劇症化しない患者がいること、これは間違いのない事実です。 医師の友人と議論していて、この状態は、クマとかリスとか、冬眠する動物がいるけれど、あれと似たような、低代謝の状態で安定するモードにスイッチが入っているようだという話になりました。
現実には専門研究の結果を待つべきですが、要するに、極めて「エコ」に燃料=酸素を使うモードで、容態が安定する、安定してしまう症例が少なくない。 そしてそれが、医師にとっては「サイレント(静か)な」症例として、リスクを見逃す一因になっている、というのです。
■ 羽田議員は「サイレント低酸素症」?
この「サイレントな低酸素症」状態は、容態が一見して落ち着いている=「サイレント」であるのが、良いようで実は問題で、危ない状況を医師が見落としてしまいやすいので「サイレント」と恐れられているわけです。
つまり、症状の初期が安定しており、軽傷かと思っていたら「静かに」重篤な症状に進んでいて、突然重症化し、体が大量の酸素を必要とする状態に「急変」したタイミングでは間に合わなくなってしまう・・・。 そういう事態が考えられるわけです。
羽田議員の記事でも記しましたが、人間は、ただ単に車に乗って移動しているだけでも様々なエネルギーを、しかも高効率で消費しています。 「あ、車が動き始めたな。信号が青色だ。右折するぞ。横断歩道を子供が通る・・・」 こんな風景を認識しているだけでも、目をつぶって安静にしているのとは比較にならないほど脳も全身の知覚も働いており、また車の加速減速でかかる力に応じて、私たちは体勢を維持し、転倒しないようバランスを取っている。
荷物であれば、不安定なら崩れてしまいますが、そうはならない。 こうした認知や反射は、多くの自律神経系ないし錐体外路系などと呼ばれる反射的で無自覚なプロセスを通じて維持され、確実に酸素消費量を増やします。
それまで部屋で安静にしていた人が、車で移動するというだけで、実は体内で必要とされる酸素の消費量は激増している可能性がある。 だから「10メートルでも患者を動かすときには救急車を」という前稿のアドバイスになるわけです。 ここでさらに問題なのは、新型コロナウイルス感染症では「静かな低酸素症」が、予想以上に多い可能性がある。 つまり、ホテルなどで安静にしている感染者のなかにも、そうした症例の人は間違いなくいると思われる点です。
亡くなった羽田議員が、どのような状態であったのか、今となっては知る由もありません。
しかし、在宅の状態などでは、それなりに安定していたのが、車に乗って移動中、突然息苦しくなり容態が急変という状況は、突然劇症の低酸素状態に陥っているわけですから、それまでの容態が「サイレントな」低酸素状態で安定していた可能性も考えられます。
この病気は、まだまだ本当に分からないことだらけで、この「ハッピーな」あるいは「サイレントな」低酸素状態だけでも、まだ不確かな懸念事項が山のようにあります。
一人ひとり、また家族など身近な範囲で、常に慎重を期すのがポイントになると思われます。