シベリアに謎のクレーターが続出 14年以降に17個、一体何が起きている?
最近、シベリアのツンドラの上空を飛んでいたロシアのテレビクルーが、興味深いものを発見した。
サッカー場の半分ほどの大きさの深いクレーターが、凍った大地にぽっかりとあいていたのだ。クレーターの周囲には数百メートルにわたって氷や土の塊が飛び散っていて、それらが地中から噴出したものであることは明らかだった。
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シベリアの北極圏では、2014年以来、こうしたクレーターが続々と見つかっている。科学者たちは、このクレーターは泥と氷の丘の下に閉じ込められたメタンガスや二酸化炭素(CO2)が爆発してできたもので、今後、地球温暖化とともに増えていくだろうと予想している。とはいえ、この現象についてはわからない部分が多い。
「何が起きているのか、まだよくわかりません」と、米ウッドウェル気候研究センターの永久凍土の専門家スー・ナタリ氏は言う。「シベリア以外の場所でも同じ現象が起こることはあるのでしょうか?」
ほかのクレーターに関する最近の研究は、これが「氷火山」である可能性を示唆している。ふつうの火山は高温の溶岩を噴き出すのに対し、氷火山から噴き出すのは氷が混ざった泥だ。氷火山は、土星の衛星エンケラドスなどではよく知られているが、地球では珍しいと考えられている。 科学者たちは地球温暖化の影響を解き明かそうと努力しているものの、シベリアの巨大クレーターは、未知の要素がまだあることを教えてくれる。「私たちが考えたこともないような現象が、ほかにもあるかもしれません」とナタリ氏は言う。
■シベリアの巨大クレーター 14年7月にシベリアで初めてこのタイプのクレーターが発見されたとき、その原因をめぐって、隕石の直撃だ! ミサイルの爆発だ! 宇宙人の襲来だ! などさまざまな噂がたちまち世界を駆けめぐった。 研究者たちはその後、同様のクレーターをさらに15個確認した。ロシア、スコルテック炭化水素回収研究所の永久凍土の専門家エフゲニー・チュビリン氏は、今回発見された17番目の穴は、これまでで最も大きいかもしれないと言う。北極圏のクレーターの研究は容易ではない。爆発後、数カ月から数年もすると水で満たされ、この地域に点在する多くの湖のような外見になってしまうからだ。
今回の発見を受け、チュビリン氏らは早速、シベリア北西部のヤマル半島にある氷のクレーターのサンプルを採取しに行った。灰色や黄色や緑色のツンドラにできたクレーターは、「場違いな感じがしました」とチュビリン氏は言う。「クレーターに近づくと、まずはその大きさに驚かされます」。
クレーターの縁はほぼ垂直に切り立っていて、凍った土が徐々に解けて穴の中に落ちていく。「その音を聞いていると、クレーターが生きているような気がしてきます」 研究チームは現在、科学雑誌に論文を発表するため、採取したサンプルを「大急ぎで分析」しているところだという。彼らはこの研究により、爆発の背後にあるプロセスの理解を深めるだけでなく、将来爆発する可能性のある場所を予測したいと考えている。 ほかのクレーターを調べたことがあるロシア、ロモノーソフ記念モスクワ国立大学の地質化学者アンドレイ・ビシュコフ氏は、クレーターが発見された場所の近くでは地元の人々が爆発音を聞いたり炎を見たりしていることから、シベリアの人々が危険にさらされるのではないかと心配している。
17年には、先住民ネネツのトナカイの放牧地の近くで爆発が起き、クレーターができたと報告されている。潜在的な脅威は、この地域の石油・天然ガス施設にも及んでいる。 シベリアではいったい何が起きているのだろうか? 既存のクレーターで氷の壁のサンプルなどを分析した結果、いくつかの手がかりが得られている。ビシュコフ氏らは18年に、この爆発は、ガス、氷、水、泥が混ざって一気に噴出する氷火山の一種によるものではないかと提案した。 クレーターができるのは永久凍土だ。永久凍土は夏の間も凍ったままの土で、北半球の約2300万平方キロメートルを覆っている。 クレーターは、永久凍土の下のタリクと呼ばれる融解層から始まるようだ。タリクが形成されやすい場所の1つは湖の下だ。湖の水は、その下の土を温め、断熱するからだ。
しかし、湖はたえず変化する。周囲の永久凍土が凍ったり解けたりを繰り返す中で、湖の水量も増えたり減ったりする。湖が干上がることがあれば、融解層は氷に取り囲まれる。 「下からも、側面からも、上からも、あらゆる方向から凍ってくるのです」と、米アラスカ大学フェアバンクス校の生態学者ケイティー・ウォルター・アンソニー氏は言う。水が凍ると体積が増えるので、まだ凍結していない部分を圧迫する。こうしてガスと水の圧力が高まり、地表がドーム状に膨らんで、ピンゴと呼ばれる小さな丘になる。
ナタリ氏によると、すべてのクレーターが湖と関係があるわけではないという。タリクは、塩分濃度が高くて水が凍る温度が低い地下水域でも形成されることがある。ピンゴの中には、地下水の上昇によって膨らみ続けているものもある。
ピンゴは北極圏の各地で見られ、1万1000個以上確認されている。しかし、爆発してクレーターを形成するピンゴは珍しいようで、シベリアのヤマル半島とギダン半島でしか確認されていない。 そして、こうした爆発を起こすためには地中に大量のガスがなければならない。
西シベリアには天然ガスが豊富に存在し、その一部は地中の亀裂や多孔質層に沿って浸透し、タリクの中に入り込んでいる。ガスの発生源はほかにもある。
微生物が有機物を食べてメタンや二酸化炭素を排出するのだ。また、メタンハイドレートと呼ばれる結晶が解けて発生するガスもある。 「ガスは1種類ではないかもしれません」とナタリ氏は言う。ガスの発生源はピンゴごとにわずかに違っているのかもしれない。しかし、圧力を上昇させる点ではどれも同じだ。最終的には、ガスの圧力が高まるか、表面の氷が不安定化して爆発し、表面に泥が飛び散り、側面が切り立ったクレーターが残る。 「シャンパンのようなものです」とビシュコフ氏は言う。 ■チェダーチーズがスイスチーズに? シベリアの爆発を研究することで、太陽系のほかの天体の氷の爆発現象を理解できるかもしれない。米航空宇宙局(NASA)のゴダード宇宙飛行センターの惑星地球物理学者で氷火山の専門家であるリニー・クイック氏は、シベリアのクレーターは、準惑星ケレスの氷火山とよく似ている可能性があると言う。 「氷でできた衛星とは違い、ケレスには岩石質の土壌成分があるので非常に興味深いのです」とクイック氏は説明する。「私たちはケレスで何が起きているのか明らかにしようとしています」 シベリアのクレーターについてもまだわからない点がある。1つは気候変動との関係だ。北極圏ではここ数年、異常な高温が記録されている。今年(2020年)の6月20日には、ロシアのベルホヤンスク市で、1885年の観測開始以来の最高気温となる38℃を記録した。 14年の発見以来、シベリアのクレーターは増えているように見えるが、「この現象は何千年も前から起きていて、私たちはつい最近になって気づいたのかもしれません」とウォルター・アンソニー氏は言う。この地域の上空を通る飛行機は増えていて、ヤマルの人口は大きく増加している。「鉄道が開通し、巨大な町もできました」とビシュコフ氏は言う。 けれどもやはり、地球温暖化によって爆発の回数が増える可能性はある。気温の上昇により永久凍土が解け、ガスがたまったポケットに蓋をしている氷が不安定化し、爆発するのだ。ウォルター・アンソニー氏は、永久凍土の融解により地中から地表につながる穴が増え、地中のガスがタリクの中を上がってくる「煙突」ができる可能性もあると指摘する。
地球全体の温室効果ガスの排出量を考えれば、1回の爆発で放出されるメタンや二酸化炭素の量は取るに足らないものだろう。しかし、この爆発は「長期的な現象を短期間で見せてくれます」とウォルター・アンソニー氏は言う。
気候変動の影響は北極圏にも及んでいて、北極圏はほかの地域の2倍以上のペースで温暖化している。融解する永久凍土は年々増加していて、場所によっては冬になっても再凍結しない。
永久凍土が融解すると、氷結から解き放たれた有機物を微生物が食べて二酸化炭素やメタンを排出するが、問題はそれだけではない。地質学的プロセスによって排出されるメタンガスもある。永久凍土は地中深くに蓄えられたメタンガスの蓋となり、大気中に出ていくのを遅らせている。永久凍土が融解すると、この蓋が穴だらけになり、メタンがどんどん大気中に漏れ出してしまうのだ。
北極圏の湖でこの現象を調べているウォルター・アンソニー氏は、クレーターの形成に関する最近の研究成果は、深部のガスがすでに地表に噴出している証拠かもしれないと指摘する。
「チェダーチーズの塊のようだった永久凍土が、穴のできやすいスイスチーズに変化すれば、爆発はもっと増えるでしょう」と彼女は言う。 「気候変動の物語の中で、これがどのようなふるまいをするのか、予測は困難です」