ひめゆりの生き残りだと噂のあった方がいた。
沖縄出身の彼女は、そのことについて結局何も語らなかった。
父は実は戦争中に、少年飛行兵としての訓練を受けていた。
戦争が終わった時の混乱の話を聞いたことはあるが、
同じように訓練を受けていたはずの仲間のことは
何も言わなかった。だから、名前すらも知らない。
東大安田講堂事件のことを、
今の20代・30代の人たちが知っているかどうか、知らない。
同級生の父親が、学生側の中心人物だったというだけで、
私にはとても身近に感じられる。
オウム事件のように20年近くが経ってしまえば、
阪神大震災も東日本大震災も、
昨日や今日放映された一つくらいの特番くらいでしか、
扱いがなくなってしまうのかもしれないとも思う。
忘れたいことはある。
思い出したくないことはある。
完全に、なかったことにしてしまえることもある。
でも、記録は残しておかなければならないのかもしれないと思う。
・・・・・・頭の片隅にだけではなく。