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【連句】②アンドロメダへの招待状

2012年04月23日 10時04分00秒 | 【連句】①~⑤

アンドロメダへの招待状


 


 招待状を書くのは誰だろう? それは人なのか、樹木なのか、風なのか。それは、始まりも終わりもない音楽の断片かもしれない。上陸と降海の決意の狭間に揺れる日々に聞いた古代の海の潮騒なのかもしれない。胎内で聴いた心音かもしれない。翼をたたんで墜ちてゆく瞬間に贈られたパスワードかもしれない。

 かってこの地上に出現した最も偉大な詩人であるイジドール・デュカスは、「詩は万人によって書かれるべきである。一人によってではなく」と発言しました。(『ポエジー未来の書の序文』)
 幸か不幸か、その事実は、ほとんど知られていないようです。
 
   デュカスのみ崇め続ける人生を  真文
    たちんぼ仕事けふはありつく  健悟

 「貴種」とは誰か。それは、人間の極限のエネルギーを注いだものだけが文学であり、それ以外はすべてクズである、そう信じる人のことでしょう。「貴種」の運命やいかに。

   いざよひは牡丹くづれゐる気配  実早
    黛玉はいま何をしてゐる?   真文

 宝玉の生活は、1.ぼんやりする、2.黛玉のことを想う、3.それ以外の瑣事、この三つだけしかない。ちょうどいま1から2へと移るところのようだ。そして、紅楼の夢が始まる。

 意外性、偶然性のない人生はつまらないのではないか。異質なものの出会いの場こそ創造への跳躍台ではないのか。南方曼陀羅における「萃点」とはもろもろの因果の系列がもっとも多く通過するところであった。ならばアンドロメダこそ南方曼陀羅の「萃点」であろう。曼陀羅の妙法はアンドロメダに通底すと識るべし。

 作家が文学作品を書く、という考え方をモーリス・ブランショは否定し、作品を書き始めていない人はまだ作家ではない、又、作品を書き了えた人もすでに作家ではない、作家とはエクリチュールの海に出発する人のことなのだ、と主張しました。
 さあ、今日も我等の「アンドロメダ」、飛行準備完了です。


 

 


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