渡辺松男研究まとめ30(2015年8月)
【陰陽石】『寒気氾濫』(1997年)103頁~
参加者:石井彩子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:石井 彩子 司会と記録:鹿取 未放
244 ひとひらの鳥冥けれど日のきよら風のきよらに乗りて川越ゆ
(レポート)
安西冬衛の「春」に「てふてふが一匹 韃靼(だったん)海峡を渡つて行つた」という一行詩がある。この詩の「てふてふ」が実景でないように「ひとひらの鳥」も作者の心象風景であろう。「ひとひら」という平仮名によって、いかにも風のまにまに飛翔し、まるで一片の紙きれのように遠ざかってゆく鳥の視覚的イメージが立ち上がる。もともと冥界にいたこの鳥は、この世とあの世を隔てる川を越えて、濁りのない澄み渡った陽光や風に導かれて、再び冥界に帰ってゆくのであろう。(石井)
(当日意見)
★もともと冥界にいた鳥というのは、このように規定しなくともいいんじゃないかなあ。
この「冥い」は光線の暗いだけをイメージするだけでよいと思います。(慧子)
★人間であれ動物であれこの「冥い」を冠して多くの歌人が歌を詠んでいますけれど、渡
辺さんは短歌界に流通するコードをうまく使って歌を作る人ではないので、この「冥い」
も独自の感性で掴んだ言葉だろうと思います。川を越えるという辺りから石井さんのよ
うな冥界という解釈ももちろん引き出せますけど、渡辺さんの現在までの歌を読んでき
た限りでは、ダンテのようなものにしろ、東洋的なものにしろ「冥界」という概念は彼
の中に無いような気がします。私は「冥い」はもう少しゆるやかに、やっぱり鳥の持つ
存在自体のくらさだろうと思います。表面的には短歌界のコードと同じように見えるか
もしれないけど、考えは地つづきではないように思います。例えば「冥い」に類する語
を使った歌を紹介してみます。(鹿取)
佶屈と近づきて父と名乗るもの冥(くら)し声くらき悪尉癋見(あくじょうべしみ)
馬場あき子『桜花伝承』(1977年)
水中のようにまなこは瞑(つむ)りたりひかるまひるのあらわとなれば
伊藤一彦『瞑鳥記』(1974年)
おとうとよ忘れるるなかれ天翔る鳥たちおもき内臓もつを
★渡辺さんは、伊藤一彦についての評論もあって、伊藤に心寄せがあるようなので『瞑鳥
記』の題にも注目しました。「日のきよら風のきよら」って早春のイメージですけれ
ど、その清らかな光の中を川を越えて飛んでいく一羽の鳥の姿は可憐で清冽、好き
な歌です。(鹿取)
【陰陽石】『寒気氾濫』(1997年)103頁~
参加者:石井彩子、M・S、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:石井 彩子 司会と記録:鹿取 未放
244 ひとひらの鳥冥けれど日のきよら風のきよらに乗りて川越ゆ
(レポート)
安西冬衛の「春」に「てふてふが一匹 韃靼(だったん)海峡を渡つて行つた」という一行詩がある。この詩の「てふてふ」が実景でないように「ひとひらの鳥」も作者の心象風景であろう。「ひとひら」という平仮名によって、いかにも風のまにまに飛翔し、まるで一片の紙きれのように遠ざかってゆく鳥の視覚的イメージが立ち上がる。もともと冥界にいたこの鳥は、この世とあの世を隔てる川を越えて、濁りのない澄み渡った陽光や風に導かれて、再び冥界に帰ってゆくのであろう。(石井)
(当日意見)
★もともと冥界にいた鳥というのは、このように規定しなくともいいんじゃないかなあ。
この「冥い」は光線の暗いだけをイメージするだけでよいと思います。(慧子)
★人間であれ動物であれこの「冥い」を冠して多くの歌人が歌を詠んでいますけれど、渡
辺さんは短歌界に流通するコードをうまく使って歌を作る人ではないので、この「冥い」
も独自の感性で掴んだ言葉だろうと思います。川を越えるという辺りから石井さんのよ
うな冥界という解釈ももちろん引き出せますけど、渡辺さんの現在までの歌を読んでき
た限りでは、ダンテのようなものにしろ、東洋的なものにしろ「冥界」という概念は彼
の中に無いような気がします。私は「冥い」はもう少しゆるやかに、やっぱり鳥の持つ
存在自体のくらさだろうと思います。表面的には短歌界のコードと同じように見えるか
もしれないけど、考えは地つづきではないように思います。例えば「冥い」に類する語
を使った歌を紹介してみます。(鹿取)
佶屈と近づきて父と名乗るもの冥(くら)し声くらき悪尉癋見(あくじょうべしみ)
馬場あき子『桜花伝承』(1977年)
水中のようにまなこは瞑(つむ)りたりひかるまひるのあらわとなれば
伊藤一彦『瞑鳥記』(1974年)
おとうとよ忘れるるなかれ天翔る鳥たちおもき内臓もつを
★渡辺さんは、伊藤一彦についての評論もあって、伊藤に心寄せがあるようなので『瞑鳥
記』の題にも注目しました。「日のきよら風のきよら」って早春のイメージですけれ
ど、その清らかな光の中を川を越えて飛んでいく一羽の鳥の姿は可憐で清冽、好き
な歌です。(鹿取)