かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 112

2023-09-11 17:33:32 | 短歌の鑑賞
 2023年版 渡辺松男研究13【寒気氾濫】(14年3月)まとめ
      『寒気氾濫』(1997年)48頁~
      参加者:崎尾廣子、鈴木良明、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
       レポーター:崎尾廣子 司会と記録:鹿取 未放

          
112 みはるかす大気にひかる雨燕にわたくしの悲は死ぬとおもえず 

      (レポート抄)
 鳥の中で最も空中飛行に適した形をもつ(言泉・小学館)とある雨燕。(崎尾) 


      (当日発言)
★「ひかる雨燕」と「わたくしの悲」はイコールじゃないかと思いました。そして「ひ
 かる雨燕」はとても愛しいものに思えたのでそれが死ぬとは思えなかった。(慧子)
★僕も慧子さんと同じような意見です。普通は死って強いマイナスの言葉だけど、この
 場合だとこの悲しみはとても深いものがあって、人生の本質みたいなものに繋がる感
 じ、永遠に残るような悲。(鈴木)
★私は雨燕とわたくしの悲は同じとは思えない。雨燕を見ながら私の悲は小さいものだ
 と思っているのかなあ。(藤本)
★私は最終的には雨燕と「わたくしの悲」は同じでもかまわない。遠くの方で飛んでい
 る雨燕が光って見える。その雨燕は生へのあこがれとかいとおしみとかを呼び起こ
 す。そして「死ぬとおもえず」といっている「わたくしの悲」はそんなに嫌なものじ
 ゃなくて、この「悲」と共に生きていくんだというわりと昂揚した気分かなあと。も
 うひとつ核心がつかめない気もするんだけど、大好きな歌です。(鹿取)
★この悲って両方とれるんですよね。いとおしいという気持ちと、この悲をなくしたい
 という気持ちと。次の歌(重力の自滅をねがう日もありて山塊はわが濁りのかたち)
 を読むとこの悲は「濁りのかたち」のようにも思えてくるし。でもこの悲をなくした
 いという歌だとつまらないし。(鈴木)
★でも112の歌に限っていうと、雨燕を見てとても浄化された気分になっているよう
 に思えます。見て、といってもやっぱり対象化しているのとは違うので、そういう意
 味で慧子さんのいうように燕イコール私でもかまわない。(鹿取)

コメント
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