かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠 261 韓国① 

2024-06-03 10:53:59 | 短歌の鑑賞
 2014年度版 馬場あき子の外国詠34(2010年12月実施)
     【白馬江】『南島』(1991年刊)74頁~
     参加者:K・I、N・I、佐々木実之、崎尾廣子、曽我亮子、藤本満須子、
          T・H、渡部慧子、鹿取未放
     レポーター:渡部慧子   司会と記録:鹿取未放
                

日本書紀では白村江(はくすきのえ)。天智二年秋八月、日本出兵してここに大敗したことを太平洋戦争のさなか歴史の時間に教へた教師があつた。その記憶が鮮明に甦つてきた。

261 旅にきく哀れは不意のものにして宮女三千身を投げし淵

    (レポート)
 敗れた側の百済王宮の女性たちは、追いつめられて、死を選んだと思われる。どのような心の状態だったのだろう。敵軍に辱めを受けないためであろう。その数※三千とは誇張されていようが、当時もチマチョゴリに近い民族衣装をまとっていたのか。そうならば淵へ身を投げて、風をはらんではなびらが散るようではないか。哀れは三千という数と共に落花そのものの遠景が見える。 (慧子)
 
     
    (当日発言)
★13世紀になってはじめて韓国では「三国遺事」という史書が書かれた。しかし、こ
 の書にも「日本書紀」にも宮女三千が身を投げた話は載っていない。(実之)
★冒頭に載せた詞書きからすると、この歌には沖縄戦の折、断崖から身を投げた多くの
 民間人の姿が重ねられているのだろう。そう考えると、百済の宮女たちも、レポータ
 ーの言うように「追いつめられて死を選んだ」かどうかはあやしい。指導層に強要さ
 れたのかもしれない。飛び込んだ断崖を後世のひとが「落花岩」と美化して呼んでい
 るそうだが、落下するとき衣が花びらのように飜ったとして、それを美しいといえる
 だろうか。水死はことさら苦しいもので、私には身を投げたひとりひとり の恐怖が
 思われてならない。実之さんのさっきの発言だと史書には載っていないお話しだそう
 だから後世の作話かもしれない。「不意のものにして」と詠っているから、作者はガ
 イドの説明などによって現地ではじめてこの話を知ったのだろう。その驚きや感慨が
 投げ出したような結句の名詞止めに凝縮されている。(鹿取)
コメント
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