e411y(回顧録)

e411yの旅でのことを書き残しておきたいと思います。

夏休みの宿題

2010年08月25日 | 我が家
子どもが小学生だった頃、夏休みの宿題に木工工作があった


子どもたちと夏の終わりの土・日曜日によく作ったものだ


私の住んでいる地域は製材業が盛んで、秋には木工工 作展が開催される


入選していたら ご褒美はファミリーレストランで昼食+α・・・


子ども達とそれを楽しみに毎年木工工作を作り展示会場へ出掛けたものだ


会場入口には大きな紙で その結果が張り出されていた


発表の日が近づくほど 私もドキドキしたものだ・・・


何度か市や県で 大きな賞を頂き 


その内の一つは Nから遥か彼方の山形県で開催された


全国大会でも大きな賞を頂くことになり


子どもと家人は飛行機で授賞式へ・・・ 


私はNで仕事と留守番をしていたこともあった。


今では遠い昔の夏の出来事・・・

「写真上;山形まで行った木工工作“森のSMAP”」

冥王星

2010年08月25日 | ドイツ
先日 “スーパーマン”がTVで放映されていた。

TV好きの次男も この“スーパーマン”をしっかり見たことが無いと言う。

「何処の星から来たんやったけ?」 「クリプトンとちがうか」

「クリプトンって何の名前やったっけ・・・」 「多分・・・元素記号」

などの会話をしながら ぼーっと親子3人最後まで見ていた。

先日から“惑星の定義”について話題になっていたが

今朝のニュースを聞いて “冥王星”がさらに遠いものとなったような気がした。

宇宙は広く まだまだ分からないことも沢山ある

今回の旅でも ドイツ南部・ノイシュバンシュタイン城へ行く途中

直径20kmの盆地をバスで通過した。 

昔、地球に大きな隕石が落ちて出来たものらしい・・・

恐竜の絶滅をイメージしながら・・・

N盆地との違いを見ようとバスの窓からずっと外の景色を見ていた。

「写真;ドイツ南部盆地付近の風景」


ベルンの橋の上で涙

2010年08月25日 | スイス
今回の旅は涼しくて快適だったのだが


ドイツ南部・ノイシュバインシュタイン城を訪れた頃から雨となった。


ベルンに到着しても曇り時々小雨


私が今回の旅で一番期待していたのが“ヨーロッパ・アルプス”


高校1年生の頃から山登りを始め アルプス登山の本などを読み漁った・・・


あの頃から約30年・・・憧れのアルプスに会えることを楽しみにしていた


天気の回復を期待して ユングフラウヨッホ駅に行ってみたが・・・


お山は霧(雲?)の中・・・トントウニ無念・残念・・・


バスでベルンに戻るときに太陽が出てきた。


ベルン旧市街で夕食をとり歩いてホテルに戻るとき、橋の上から綺麗な夕焼けを見た。


さすが高緯度・・・午後9時前のことだった。


夕陽に聳えるベルンの大聖堂を見ると なんと塔の向こうにアルプスが赤く萌えていたのだ・・・


“私ははたして この眼でアルプスを見ることが出来るのだろうか・・・”


アルプスが宵闇に隠れて見えなくなるまで 


私は一人橋の上で 大聖堂の向こうを見ていた・・・


「写真;ベルン大聖堂の向こうにアルプス?」


ETC

2010年08月25日 | ドイツ
私の車にも先日“ETC”を取り付けた。


理由は次男の下宿へ行くのに高速の料金所を片道だけで4回も通過しなければならないから。


7月の初めに付けにお店に行ったら


「7月10日以降に来店されるとお得ですよ。阪神高速からの助成金が5000円でますから・・・」とのこと。 


もちろん私はその日以降に取り付けることにした。(本当は“ETC”よりも“新車”を購入したかったのだが・・・我が家の財務省の許可が出なかった。)


昨夜も神戸へ、料金所を通過するたびにまだゲートのバーが開くかどうか緊張する。


それにしてもETCは便利だ。


車を止めてお金を財布から出して払わなくてもよいのだから・・・


料金を払う車の列の横を 軽くブレーキを踏むだけですり抜けることが出来る・・・


イタリアの高速道路でもETCによく似たのを見たけど


今回のドイツの高速道路では見なかった・・・


ドイツでは道路は無料だ! 道路網の整備も凄い!


「写真;ドイツの道路」


ルーブルのピラミッド

2010年08月25日 | フランス
昨日のニュースでは パリのルーブル美術館入り口のピラミッドが、入場者増に対応し切れなくなり、改修の検討を始めたそうである。
 ピラミッドは89年、当時のミッテラン大統領の意向で完成した。当初は「伝統的建築にそぐわない」と非難が多かったが、やがて斬新なデザインが人気を呼び、今ではモナリザ、ミロのビーナスに次ぐ同美術館で3番目の人気スポットとなっている。
 しかし、設置当時は年間400万人を想定していた入場者が現在は750万人。さらに4年後には900万人になると見込まれており、親しまれている一方、入り口の荷物検査で行列ができ、混雑度を増すばかりである。
 美術館側は当初のピラミッドのイメージを保ったまま、階下の切符売り場と案内所を移転拡張する方向で検討しているとのことである。

昨年11月末は空いていたけど 今回は夏休み?本当に混んでいました。

今度は本当のピラミッドが見たい!

「写真;ルーブルのピラミッド」


そして神戸

2010年08月25日 | e411y全般
一昨日の夕方、Nを出発して 職場の有志と神戸へ1泊旅行

船(ルミナス神戸2)でクルーズしながら夕食をいただいた

でも、Nを出るバスの中から ず~っとビールを飲んでいた私は食欲がない

台風の風と時折降る雨、そして船を揺らす波・・・

午後8時、明石海峡大橋の色が変化するのをデッキで見たけど船は大きく揺れていた

「波キツイから船酔いしそうやわー 誰かは酒に酔ったはるから大丈夫やろうけど・・・」

たしか そんな会話を聞いたような気もした。

翌日(昨日)昼食会場へと 神戸中華街を歩き 食べようと席に着いたら携帯が鳴った。

e411y 同じN県のS氏からだった

「何を気楽に 今頃中華街歩いてんのよ?」 

何処でどうしたのかS氏も神戸に・・・ 偶然ってあるもんだ・・・

「9月の同窓会行くねんやろ?」というような会話をした。


e411yの同窓会が 9月に京都で開催される

私も出席をする予定だったのだが 家の都合で出席出来なくなってしまい

皆さんに会えないのが残念です。

折角、“床(鴨川納涼床)”を楽しめると思っていたのに・・・

「写真;神戸中華街」


漢字の国

2010年08月25日 | アジア
漢字の国・中国では もちろん地名も漢字で表す。


そう言えば昔、私も漢字の地名に憧れた頃があった。


例えば“ヨーロッパ”は“欧羅巴”、“フランス”は“仏蘭西”、“パリ”は“巴里”など・・・


北京の空港で 出国のボードを確認したとき


目的地の“フランクフルト”を見つけることが しばらくの間出来なかった。


だって、ボードが漢字で埋まっていたから。


でも写真のボードをじっと見ていると 何故か愛着が湧いてきませんか?


日中間に問題いろいろあるけど


我々もやっぱり “漢字の国の人”だから?


ところで関西空港では 出国のボード 何で地名を表記してたんだったっけ? 


英語? ローマ字? カタカナ? ひらがな? 漢字?


「写真;北京空港のボード」


ベルン

2010年08月25日 | スイス
ベルンはさすがにスイスの首都 旧市街は世界遺産に指定され

町は美しく落ち着きがある 安心して歩ける町

2泊したのだが あと1泊して街をもっとゆっくり散策したかった・・・

8月7日日没の頃、ホテル前に架かるコルンハウス橋から

旧市街を眺めた景色は生涯忘れることはないだろう・・・

「写真;射撃手の噴水と時計塔」


ユングフラウヨッホ山頂駅の鳥

2010年08月25日 | ドイツ
「写真の鳥」は トップ・オブ・ヨーロッパの ユングフラウヨッホ山頂駅から

エレベーターでさらに昇った スフィンクス展望台(標高3571m)にいました。

ローテンブルクなどの公園でも見かけたのと同じ鳥だと思うのですが

どうしてこんなに高い所にいるのか不思議です?


白ビール

2010年08月25日 | ドイツ
今、TVの キリン・ラガーのCMで 

チューリップの“こころの旅”が流れています。

妙に昔懐かしく感じながら

“普段飲むビールの銘柄(メーカー)も変わってしまったなぁ~”と思いながらも 

私も心の中で “ラガーよ変わるな!”って叫んでいます。

もう一度 “昔のあのラガーに巡り会いたい・・・” って気持ちです。

今回の旅では ドイツ南部で生産されている “白ビール”が美味しかった!

小麦を原料にし 少し白濁しているのですが・・・ コクガアルとでも言うのでしょうか

日本の銀色の缶に入っているビールなどと比較すると

後味の違いに歴史や伝統の違いを感じさせられました。

「写真;南ドイツで出会った白ビール」


菜摘

2010年08月25日 | 県内
先日、吉野山中を車で走っていると “菜摘”という集落があった。
その地名が妙に気にかかり 引き寄せられるかのように川にかかる橋の袂に車を止めた。車を止めた場所には解説板があり 以下のように書かれていた。
「吉野山の勝手神社の神職は、正月七日の神事に供える若菜を摘むために、女を菜摘川へつかわす。菜摘み女は帰ってくると神職に、一人の女から一日写経をして自分を供養して欲しいと頼まれたと伝えた。すると、たちまち先刻の女の霊が菜摘み女にのり移り、女の様子がガラリと変わる。
 神職が霊に名を尋ねると、静御前であることをほのめかす。女は宝物蔵に納められた昔の舞衣装を取り出させ、それをつけて舞い始める。すると、静の亡霊も同じ装束で現れる。
 そして、二人一体のように舞を舞い、後の回向[弔い]を頼んで、静の霊は去っていった。」
この村に伝わる静井戸は、菜摘の西生寺にある。静御前は、長らく村国民氏の家に逗留していたが、義経奥州落ちのあと、井戸にはまって死んだ。その妄念のためか、夜々火玉となって井戸からでること300年に及んだ。飯貝村で諸人を化益していた蓮如上人に頼んだら、静の振り袖に南無阿弥陀仏と書いて、七日の間追福の法会があり、七日目に静は村人の夢枕に立ち、迷いの門出をしたという。
不思議なことに その解説板と橋の欄干とのあいだに 
大きな蜘蛛が巣を張っていた。  
ひょっとして・・・あの蜘蛛は静御前だったのかも?

※菜摘川は謡曲「国栖」にも登場する。
反乱のため天武天皇は供奉の者を伴って都をのがれ、吉野の菜摘川に来る。川岸にいた老人夫婦が天皇を隠して助け、夜ふけに消え失せる。やがて天女と、次いで蔵王権現が現われ、天皇を助けるという話。

「写真;菜摘川」

ローテンブルク

2010年08月25日 | ドイツ
とにかく ローテンブルクは「中世の宝石箱」と呼ばれるくらい 

城壁で囲まれた中世がそのまま真空パックされたような美しい町で

過去にイタリア旅行で訪れ感動した トスカーナ地方“シエナ”の町以上に町並みは美しかった。

これは建物の壁の色や看板、さらに建物を飾る花の印象からかも知れない。

教会に行った後、市庁舎の塔に上ろうとしたら満員で 

順番を待っていたら集合時刻になってしまい 

町を眺めながらカフェでのビールは無理だった・・・

「写真;印象的な店の看板」


ハイデルベルク

2010年08月25日 | ドイツ
お盆だというのに 私はまだ旅の余韻に浸っています・・・

ハイデルベルクは 1386年に開校したドイツ最古の大学がある町。

ネッカー川沿いに町並みが広がり、

丘の上にはハイデルベルク城が1618年からの30年戦争と

その後のフランス軍侵攻とによる傷跡を残したまま聳えていました。

大学の町ということあって どこかケンブリッジとよく似た雰囲気が漂っていました。

ゲーテの匂いもするはずなのですが・・・ 私よく分からず?

「写真;どうしても写真に撮りたかった像」

※旅行雑誌でこの像の写真を見てどうしても撮りたくて 探して探して町中をウロウロ・・・

 その結果 自由時間を使いきりビール飲めず・・・残念!


国境

2010年08月25日 | スイス
帰国が1日違いで・・・様子が変わっていたのかも?

時差ぼけでボンヤリしていたら イギリスで大規模テロ未遂?

今回の旅で 久々に “国境” を感じた(目で見た)だけに世界って 平和ではないことを痛感した。

私がチェックを受けたのは 関西空港出発時、手荷物のお茶のペットボトルの中身のみ。

中国・北京の検査では 係員の手際の不味さをぼやいていただけで・・・

これまでの旅行では国境は飛行機で越えていたのだが、

今回は大陸内を ドイツ・オーストリアからスイスへはバスで

スイスからフランスへは列車で国境を越える経験をした。

それは島国で生活する私にとっては 貴重な体験だった。

今頃は・・・飛行機のチェック 厳しいんだろうなぁ~

アメリカ旅行用の鍵の付いたスーツケースも売ってるけど・・・

ロンドンか~ 懐かしいなぁ~

「写真;オーストリアとスイス国境 バスで通過」


ライン河クルーズ

2010年08月25日 | ドイツ
この旅のメインの一つだった“ライン河クルーズ”

まず ニーダーヴァルトの丘に登り ドイツ統一の記念碑と 眼 下に流れるライン河を眺めた。

その後、丘を下り 美しいお店が並ぶ“つぐみ横丁”を見学、リューデスハイムの船着場から乗船した。

いろんなお城が河の左右に見えるのだが、一杯あってお城の名前を特定出来ない。

まあ・・・そんなことはたいしたことではないので

目的のビールを一杯頂くことにした。(2.2ユーロで小さなジョッキだった。)

両岸に見える緑はブドウ畑・・・ワインを連想しながらも「ドイツはビール?」

ローレライの崖を過ぎると下船の準備、約90分のクルーズがあ っという間に終わってしまった。

昼食は魚料理でビールはジョッキの大、4ユーロだった。

最高気温が約23℃のドイツでのクルーズは天気もビールも最高!

暑い 日本で働いていた人に悪い気がします・・・

「写真;エーレンフェルス城」