槇山の怪物
2023.2
今は昔、香美郡槇山郷(まきやまごう:高知県香美市南東部)の宇筒廻(うつつまわし)と言う所に、与茂次郎と言う猟師があった。
ある時、くずいと言う高山にぬだ待ち(狩猟)に行ったが、夜明に一匹の大鹿が通るのを見て、これを一発で打ち留めた。
これは好い獲物だと喜んでいる中に、たちまち同一方向より一匹の怪物が現われて来た。
ればその両眼は鏡のように輝き、毛髪は棕櫚の毛に似て赤く、背丈は一丈(約3m)を越し、大木の立っているような両足の間隔はニ間(約3.6m)あまりであった。
この怪物は、この鹿を 追って来たもののようであった。
今にも、倒れた鹿に飛びつこうとする瞬間に、与茂次郎は一発の玉を込めて、それを撃ったが、美事に命中した。
にもかかわらず、怪物は弾丸を撥ね返した。
怪物は怒って、眼を真っ赤にして、今にも飛び掛かろうとした。
しかし、火繩の火に恐れて進んで来ず、その中に恐ろしい地響をさせながら走って去っていった。
その夜、与茂次郎は鹿を肩にして帰ったが、夜半に枕の上に怪しい物音があった。
囲炉裏の焚火に透かして見れば、八十程の老女であった。
さてこそ変怪(へんげ)の襲来かと、再び猟銃を放ち、三十二発に及んだが、手答えはなかった。
これは如何に、と鉄製の四角丸を取り出しので、彼の怪物の老女はこれを見て、掻き消すように姿を隠した。
多分、昼の山中にて逢った怪獣が、獲物を奪われた恨みをはらそうと、襲って来たものであろう、と言われた。
「土佐風俗と伝説」より
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