「さらに、彼は彼らに言った。『行って、ごちそうを食べ、甘いぶどう酒を飲みなさい。何も用意できなかった人には食べ物を贈りなさい。今日は、私たちの主にとって聖なる日である。悲しんではならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力だからだ。』」(ネヘミヤ記8:10新改訳)
城壁は第六の月(エルル)に完成し、翌七月には伝統に従って仮庵の祭りが行われた。その様子が本章に記されている。人々は城壁内、水の門前にある広場に集まり、祭司であり学者でもあるエズラが律法を朗読して意味を解き明かすと、全会衆が泣いた。自分たちがいかに神の律法に違反し、罪を犯して来たかを悟ったからである。なんと感動的な光景であろう。この姿こそイスラエルが真に神の民として再出発するために必要であり、神のことばがその自覚をもたらしたのであった。人々は多くの患難と忍耐を経て、70年ぶりに聖地に帰還し、さらにこのときまでに同じほどの年月が経過していたと思われる。彼らはエズラとネヘミヤの指導により、みことばに導かれて神のみもとに心が帰ったのであった。本当の意味で聖地帰還が実現したといえよう。引き続いて喜びがわき起こった。「主を喜ぶことは、あなたがたの力だ」と指導者たちが勧めたからである。この一言は特に有名で、世々のキリスト者たちに信仰と勇気を与えて今日に及ぶ。◆イスラエル全会衆の前には高壇があり、そこに立った学士エズラが律法の書を朗読した。そして自分たちの罪深さを悟ったのであった。私たちキリスト者の前にも聖書があり、それは新約聖書と旧約聖書から成る。中心にはイエス・キリストと十字架が立っている。イスラエルの人々は泣いたが、私たちも泣く。それから大きな喜びに入れられるのだ。なぜなら、神のこひつじイエス・キリストが私たちの義、聖、あがないになってくださったことを聖霊の感動により、知ることができるからである。やがてイスラエルは世の終わりに、永遠の聖地・ナザレのイエスに「帰還」するであろう。大いなる涙と悔い改めをもって。