マシュマロ’sエンディングノート

~At the end of a marshmallow-like life~

憧れが多いとモノが増える話

2020-12-15 | 日々の暮らし
今はそうでもないですが、10年くらい前までは好奇心が強く、趣味も浅く広くといった感じで、思えば暮らしも頭の中も忙しかったなあ、と思います(苦笑)
同時に、いろいろな事に興味を持っては手を出して凝ってみたりしたものだから、さまざまなモノを持っていた上に、だんだんと自室に納まりきらないくらいまで増えていました。
好奇心の中には、憧れも存在していて、それが強ければ強いほど、モノも増えていったような気がします。
本日は、憧れとモノの量について綴ります。

憧れ対象と収集癖
私には、収集癖があります。
まだ、改善されてはいませんが、現在は集めるモノは決まったタイトルの漫画と小説(シリーズ)と決めていて、それ以外のモノは、集めることもしないし、そもそも最初の1つを買わないようにしています。
慣れると、購入すること自体に興味がなくなってくるのですが、やはり昔から好きだったモノ、一時期は集めていたモノに対しては、素敵だな、かわいいな、かっこいいな、という気持ちが湧いてきます。

そもそも、なぜモノを収集するのかというと、大体は「憧れ」を形にしたいから。
少なくとも、私にはそういう傾向がありました。

暮らしへの憧れと食器収集
知人に影響されてウェッジウッドの食器セットを集めていた話を、以前当ブログでも綴ったのですが、それは知人がとても充実した生活をしているように見えて、さらにウェッジウッドというブランドにも、もともと憧れがあったので、その2つの要素が重なって、真似をして集めるようになりました。
今思えば、集めていた食器そのものは、そこまで大好きでもなかったので、ムリして集める必要もなかったし、それを購入するための出費を、もっと違うことに使えばよかったな、と思います(苦笑)
現在は、ブランドに関係なく自分が一番好きな食器だけを所有して、毎日お気に入りの食器で食事を楽しむことにあこがれているので、食器を入れ替えることはあっても、収集することはないですね。

食器というものは、生活そのものが反映されているような気がするので、どうしても良質のモノをたくさん所有したい気持ちになりますが、実際は誰も我が家の食器に注目しないし、知りたいとも思っていないのに、何故あんなに必死になって集めていたのかな、と自分でも不思議です(笑)

人物像の構築とファッション系の収集
憧れて、ということであれば、いちばん反映させやすいモノがファッションでした。
ファッションも、流行のモノを身につけるのが大人の女性としてステイタスが上がると思っていたし、ブランドにこだわることはなかったのですが、上質の生地を使っている服を欲しいと思っていました(そういうのは大体ブランド品ですが)
今は、とにかくシンプルに、そして洗濯が楽な服を基準に購入していますが、以前はいろいろなファッションに憧れていたので、クローゼットの中だけをみると、数人分の服が入っているように見えていましたね(笑)
全部私が着る服だったのですが、カッコいい系とかわいい系が混在している時期もありましたし、フォークロアに興味を持ったかと思えば、ブリティッシュファッションを集めだしたり、チャイニーズ風な服にも手を出したりと、クローゼットの中が万博状態になっていましたよね。
きっと、それはいろいろな国に行ってみたいという憧れもあったのだと思うのですが、なんとなく自分のルーツやパーソナリティに不満があったのかもしれないです。

パーフェクトな料理への憧れと食材・スパイス・調味料の収集
今は、自分が料理しないで済む暮らしに憧れていますが、以前は凝った料理も簡単な料理も美味しく作ることができる腕前を持ち、出来得る限り最初から手作りをしたいと考えていました。
理由は特にありませんが、なんとなく料理はできて当たり前、だから当たり前よりも1つも2つも上の腕前を持とう、レパートリーも美味しそうでお洒落で、でも家庭で作るのが難しい料理を慣れた手つきで作れたらいいのに、と思っていました。

結果、普段の食事では使わないような調味料やスパイスはもちろん、食材もめったに食べないような野菜や果物を買ったりして、中途半端なまま消費期限を迎えてしまったり、腐らせたりしていましたね。
スパイスの種類が増えるのはもちろん、調味料もそれぞれ数種類買っては、料理別に使い分けていました。
オイルも、サラダ油とオリーブオイルとごま油と香味油と、いちばん多くて5種類くらいの油があった気がします。
調味料も、しょう油だけで2種類以上使っていましたし、ソースもいろいろなタイプを使い分けていましたが、そのほとんどが賞味期限切れを迎え、中身を残したまま廃棄するということが何度もありました。
食材も、主に保存できるモノに関しては消費するのが大変でした。

現在は、調味料はそれぞれ1種類ずつしか持っていませんし、量も少ない商品を購入しています。
食材も、頻繁に食べないモノに関しては、きっぱりと買うのをやめて、外食をするか冷凍で温めるだけで食べられる商品を選んで購入することにしています。

海外ドラマ『大草原の小さな家』は危険(笑)
今でもそうですが、ローラ・インガルス・ワイルダーさんが執筆した『大草原の小さな家』という物語をベースにしたアメリカのドラマに出てくる、インガルス家の暮らしぶりには憧れが強くあります。
暖炉に火をくべるための薪を切ったり、家を全て手作りしたり、日常的に使う道具も1から作ったり自分でメンテナンスしたり、服はお母さんの手作りだったりと、今の私には絶対できない暮らしではあるのですが(笑)物語の中のインガルス家の人々は、なんだか毎日充実していて楽しそうに見えますし、実際そうだったのだろうと想像できます。
ですから、なんとなくそんな暮らしも悪くないと思っている私がいるわけですが、実際はきっと途中で挫折します(苦笑)

ただ、暮らしは真似できなくとも、せめて道具を使ったり手作り感のあるカントリー風のワンピースを購入したりすれば、インガルス家の暮らしを、少しは再現できるのでは?と思うのが大間違い(笑)
パーフェクトに真似できる人はいいのですが、私は途中で気が付いてしまいます。
まず、ファッションが(純粋な日本人顔の私には)似合っていない。
そして、道具をいくら揃えても、作る料理が玉子焼き、生姜焼き、煮魚、みそ汁となると、最終的に和食器を使うことになってしまいますので、新たに料理に合う食器を買い足したりもしましたね。
キッチン道具も、調理に合わせるために、同じ用途のキッチンツールを何種類も持っていました。

よくよく考えると、キッチン道具も食器も使いやすさが一番だし、用途がかぶる道具は頻繁に使っているモノを1つ持っていれば十分だし、ファッションは似合うモノを身につけることが大基本なのに、どうしてそれが見えてこなかったのかな、と自分でも呆れてしまいますね(笑)

憧れはモノで満足してはいけない
憧れの度合いにもよりますが、例えば将来絶対にこうなるんだ、というビジョンがはっきりしているのであれば、憧れを現実にするために、それなりの生活をしながらモノも揃えていくのがいいことだと思うのですが、ただ何となく素敵だな、ちょっと真似してみたいな、といった程度なのであれば、絶対にモノを揃えて満足を求めてはいけません。
なぜなら、モノだけ揃えても、絶対に満足しないんですよ(苦笑)
結局、生活自体が憧れの形や姿にリンクしていないと、いつまでも中途半端な気持ちを持ち続けることになるので、満たされないのですよね。
だから、いつまでたってもダラダラとモノを集めてしまい、最後にはモノで溢れかえった家や部屋になってしまうのです。
しかも、モノを処分するという選択肢がないときは「まだ使える」「いつか使いたい」「これを持っているだけで憧れの存在に近づいた気がする」という気持ちから、どうしても手放すことができません。

私の場合は、お菓子の道具がそんな感じでした。
お菓子を作ることができる私をパーソナリティに加えたかったので、年に数回しか作っていないのに、結構立派な菓子作りのツールが揃っていました(笑)
しかし、ある日から、買った方が断然美味しいし買いに行く手間だけで済むのだから、作らなくていいのでは?と考えるようになってからは、不要な道具の処分もサクサク進んだし、今では菓子作りの道具は一切なくなってしまいました(笑)

憧れから集めたモノは、たしかに素敵なモノや必要なモノも多いのでしょうが、モノを集めることに意識が集中してしまって、最終的な目標である憧れの暮らしに向かえていないようであれば、一度全部リセットして、再度憧れの暮らしをしたいかどうかを、自問したほうがいいのかもしれないです。
私は、自問した結果、憧れはあるけれどそこに行きつくまでのプロセスを面倒に感じてしまったり、最終形が好きなだけで、その工程には興味がないと自覚したりして、自分ではそんなに好きではなかったみたいだな、と気が付いた物事から順に手放して処分してきました。

憧れは新しく持てばいい
いろいろと手放した結果、いろいろと考えることがなくなって、思考の整理がしやすくなってきました。
持っていたモノが少なくなったおかげで、メンテナンスに使っていた時間を自由な時間に変えることもできました。
時間ができたおかげで、将来どうしていきたいか、ということがはっきりとわかるようになってきました。
憧れは、一度手放すともう一度集めたり目指したりするまでに時間がかかるかもしれませんが、そういう時は新たな気持ちで、もしくは新しい憧れを持てばいいと、今では思います。
憧れに近づくために、無理をして暮らすくらいならば、私は「今」を充実させて、楽しく暮らしたい気持ちが大きいです。
だから、今の憧れは「私が楽しく暮らすこと」になりました。
心の底から好きなモノを使い、好きなことをして、苦手だったり嫌いだったりすることも、自分が楽しめるように方法や行動を変えていく。
そんな暮らしを、この先少しでも長くしていきたいと思っています。


本日は、ダラダラと綴ってしまいました。
私の中の結論としては、憧れはそんなにたくさん持っていても仕方がない、ということ(笑)
憧れは、たったひとつでも十分人生楽しめますからね。
今、モノがたくさん溢れている家(や部屋)で暮らしていて憧れる暮らしがいくつもあるという人は、憧れを1つに絞ってあとの憧れ関連のモノは潔く手放して、今を楽しめる状態にしてほしいな、と思います。