毎月25日は、豆知識の日!
気分がノったときに書いた短い文章を何点か文学賞に応募したんだけど、選から漏れたようなんで(窯と一緒で詰め込みすぎた)公開しちゃいます。
3分で読める原稿用紙十枚の軽いやつなんで、よかったら読んでみて。
「それ、わしがつくったんじゃ」もりを
むかしむかし、この世界は空っぽじゃった。いや、空っぽそのものすらなく、そこにはなんにもないったらないんじゃ。そもそも「そこ」がないんじゃから、無以前の無じゃった。そこに、ぽんっと産み落とされたんじゃよ、わしが。いや、わしらが。そうして世界はできたんじゃ。とすると、この世界はわしらがつくったと言っていいかもしれん。
わしは+1の電荷を持つ男の子として生を受けた。名はヨウシという。一緒に生まれたチューセーシくんは、まるで兄弟のような存在じゃ。やつは電荷が±0のLGBTじゃが、かけがえのない友と言えよう。わしらは意気投合し、肩を組み合ってはいろんな元素をつくってまわったもんじゃ。わしとやつが組むと、どんな原子核も思うままにつくれるんじゃ。
ただ当時のわしは誰ともつるまず、ひとりで水素原子核の立場を貫いておった。水素はいちばん小さな元素じゃよ。そうして数十万年も過ぎた頃、わしは恋をした。相手はデンシちゃんという、小柄で愛らしい子じゃった。電荷を聞いてみると、なんと-1と言うではないか。相性がピッタシのふたりは引かれ合い、電荷で結び合ってダンスを踊る関係になった。デンシちゃんがわしの周囲をくるくると回ると、水素原子というこの世の奇跡のような「物質」の姿になることができたんじゃ。ふたりは触れ合うことこそ叶わなかったが、つかず離れず一緒になって、まだなんにもない宇宙空間を旅することにしたんじゃ。
月日が流れ、わしは万有引力の召集で、世界初の天体をつくる仕事に駆り出された。真っ暗闇の宇宙空間を光で満たそうという壮大な事業じゃ。やるしかないではないか。
わしはデンシちゃんと別れ、初期天体の中心部で核融合活動にいそしんだ。水素原子核同士でぶつかり合い、爆発してヘリウム原子核をつくる、過酷な仕事じゃった。チューセーシくんもがんばっておった。もう一度言うが、わしとやつがくっつき合うことで、原子核は雪だるま式に大きくなっていく。そうして大勢で力を合わせると、天体は熱と光を発し、原始太陽となるんじゃ。なんという感動じゃろう。小さな小さなわしらが、この宇宙に最初の光を灯したんじゃぞ。
わしらがつくったヘリウムはぶつかり合って炭素になり、炭素もまたぶつかり合って酸素になり、どんどんと新しい元素ができていった。その過程で、たまに余った水素原子核が放り出される。天体が燃え尽きてボロボロにほどける頃、わしは気楽な独り身で解放された。ふと気づけば、50億年もの歳月が流れておった。
長い長いおつとめ期間じゃった。なのにじゃ、わしは天体の出口で驚いた。なんとそこではデンシちゃんが、このバカの帰りを待ちわびておったんじゃ。今にも泣きだしそうな顔で出迎えてくれておった。そして不意に笑って、「おかえり、ヨウシくん」じゃと。まったく胸が熱くなるではないか。
わしらは再び電荷で引かれ合い、くるくると歓喜のダンスを踊った。見渡すと、辺りにはいろんな元素がばら撒かれ、それらが結び合ってさまさまな物質となり、世界を華やかに彩っておった。なんと誇らしいことじゃろう。自分は世界そのものをつくっておる、と実感できた。わしは、もっともっと仕事を続けたくなった。
おあつらえ向きなことに、目の前でまた天体づくりが始まった。前回とは比べものにならぬほどの大きな天体じゃ。そこには水素の他に、ヘリウムや炭素や酸素などの大きな原子核も参加しておるではないか。わしは迷わず飛び込んだ。愚かなことに、またしてもデンシちゃんを置いてな。「きっと帰ってきてね」と彼女は言った。若いわしは「もちろんさ」と請け合った。じゃが、わしが再びデンシちゃんの元に帰ることは叶わなかったんじゃ・・・
大きな天体はとてつもない燃え盛りようじゃった。中心部の核融合爆発はそりゃ盛大なもんじゃ。水素やヘリウムなどの小さな原子核はもちろんのこと、炭素や酸素という大きなものまでがドッカンドッカンとぶつかり合い、ネオンやマグネシウム、ケイ素に硫黄・・・さらにもっともっと大きな原子核に姿を変えていく。天体を形づくるすべての物質は、奥深くの芯一点めがけて落ちていこうとするじゃろ。その全重量が、天体自身を圧縮しようとするんじゃ。そんな中心部のむぎゅむぎゅの圧力が、燃料であるわしら原子核におしくらまんじゅうをさせ、お互いを合体させて大きな原子核に固めていくわけじゃ。
しかしわしらは際限なく大きくなれるわけではない。あれになりこれになり、ついには鉄になると打ち止めじゃ。鉄はあらゆる元素の中でいちばん安定なんじゃ。鉄ができたらもうわしらに核融合は無理じゃ。
こうして核融合活動が止まり、炉が冷えはじめると、天体芯部の天井が支えきれん。なのにそこには天体の全重量がのしかかってくる。するとあるとき突然、ぷしゅるるる~・・・天体が一瞬のうちに重力崩壊してバクシュクし、全物質がこぶしほどの大きさにまで丸め込まれてしもうた。この破滅は一瞬のことじゃった。なんという災難じゃろう、なむなむ・・・
わしは一巻の終わりと覚悟した。足元を見ると、天体中心部の底には仲間たちがすりつぶされて超流体化した中性子の海ができておった。チューセーシくんもそこで溺れそうになっておる。が、どうすることもできん。それどころか、わしもまたそんな地の底にまっしぐらじゃ。上からは電子たちまでが落ちてくる・・・ん、電子とな?そこでわしは信じられぬものを見た。
デンシちゃん・・・!
その姿を見間違うはずがない。デンシちゃんが落ちてきたんじゃ。わしは必死で電荷+1の手を伸ばした。デンシちゃんも電荷-1の手を伸ばしてくる。わしはしっかりとそれを受け止めた。なんとしたことか、ふたりは出会って初めて手をつないだんじゃ。そして抱きしめ合った。もう離すもんか!とばかりにな。するとどうじゃろう、電荷の+-が打ち消し合い、ふたりは中性子という一体の姿に丸められたんじゃ。そして天体の深部にひろがる中性子の海に飲み込まれていく。あーれ~・・・
ところがここでまた劇的なことが起きた。すべてがひしめき合い、みしみしぎゅうぎゅうにせめぎ合うあまりの圧力のせいで、中性子たちがいっせいに叫び始めたんじゃ。「ヨウシくん、くるなあー!」チュウセーシくんも声のかぎりに張り上げておった。そのときじゃ。
どっかーん・・・!
あの核融合の大爆発を何倍の何倍の何倍もに増幅させたような超超超~大っ爆発!が起きたんじゃ。超新星爆発というやつじゃよ。わしらは天体の中心部から吹っ飛ばされ、宇宙空間に投げ出され、デンシちゃんとも手を離し・・・つまりふたりは分かれて元の姿に戻り、また電荷で結び合ってダンスを踊り始めた。やれやれじゃ。振り返ると、とろんとろんの超高密度天体がぐるぐると回転しておった。それはあまりに圧縮されて重くなりすぎ、どうやっても抜け出せそうにない超重力天体じゃ。まったく危ないところじゃった。
ほっとしたことに、チューセーシくんもまた炸裂の波に乗って天体から脱出しておった。呆れたことにやつは、ここにきてなおも新しい元素をつくっておるではないか。天体が消し飛ぶという途方もない衝撃に力を得て、超安定なはずの鉄に張りつき、それよりもはるかに大きな原子核をつくっておる。なんと心憎いやつじゃろう。金、銀、プラチナ、ナントカニウムにカントカニウム・・・それらができる過程は素晴らしい輝きに満ちたものじゃ。そうして世界はまた多彩に、多様になっていく。
わしとデンシちゃんは、三たび宇宙空間に出た。遠くに、さらにケタ外れな巨大天体が重力崩壊した痕跡が見えた・・・いや、見えなかった。それはつぶれて「点」という高密度にまで押し詰められ、果てしない重力で周囲のすべてを飲み込んでしまうバケモンじゃ。ところが光さえ絡め取って抜け出させないこやつの意外な振る舞いに、わしらは目を見張った。そこに向けて吸い寄せられるおびただしい星々が、まるで舞踏会のように円運動をしておるんじゃ。中心の黒い穴はダンスホールの指揮者というわけじゃ。わしらはその銀の河のような流れの端っこに居を構えることにした。そこではまた新たな太陽の系が生まれようとしておった。
中央の天体が光を発し始めた。が、激しい仕事はもうこりごりじゃ。わしらは輝く主星から少し離れた惑い星に降り立った。自力では核融合も起こせぬ、石ころのように小さな星じゃ。出来たてでドロドロあっちっちじゃった表面はすぐに冷えはじめた。そこでわしら水素原子が酸素とくっつくと、この星は見事なブルーに染まっていった。わしは理解した。元素同士はぶつかり合ってお互いを爆発させなくても、豊かなものを築くことができるんじゃと。そこで決心したんじゃ。この地で、これまでしてきたよりもはるかに重要で価値のある仕事を残そうと。
これ、今わしらを吸い込んだおまえよ。これを読んでおるおまえが、その仕事の成果じゃ。長い歳月をかけ、わしらはこの星の大地を水で満たし、有機物を練り上げ、緑を繁茂させ、這いムシの尻を叩いて、ようやくおまえの形にしたんじゃぞ。ところがその振る舞いを見ておると、まったくバカなものをつくってしもうたと思うわい。じゃが、なかなかやるなと思わされることもある。古い書にもあるじゃろ、おまえはわしに似せてつくったんじゃ。バカなおまえは、わしに生き写しなんじゃ。
おまえはひとつの星と言える。おまえは星でできておるからじゃ。死んだ後には宇宙に散開し、また星になるんじゃ。おまえは世界をこんなにも多彩な色で光り輝かせることができる。こんなにも実り多い系に育てることができる。心に刻むことじゃ。自分にはそんな役割があると。
さて、わしらのこの星での仕事は終わった。わしとデンシちゃんはまた旅に出る。が、いつでもわしらはおまえの中におるものと心得よ。なんたっておまえは、わしと、デンシちゃんと、それにチューセーシくんとが力を合わせてつくり上げた最高傑作なんじゃからの。すべてを、わしらがつくった。そしておまえは、そのすべての結晶でもあるんじゃ。
おしまい
東京都練馬区・陶芸教室/森魚工房 in 大泉学園
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