安い税金と小さな政府を切望するふきあえずのブログ

安全で暮らしやすい日本をつくりたい
そんな想いを綴っていくブログにしたいと思います

倫理や道徳と民主主義社会の相性が悪い本当の理由

2023-12-27 09:12:15 | 政治
先日から私は、「人気があるかどうか?ということと、正しいかどうか?ということは関係がない」ということをよく語っています
フランスの政治思想家トクヴィルは、民主主義の危険性に、200年も前に、いち早く気がついた「時の天才」でした
トクヴィルの言っていることを要約するとこういうことです
「道徳心や倫理観に多数決という考えを持ち込むと、道徳心や倫理観という錦の御旗によって、個人の自由が損なわれるようになる」
つまり、道徳的な行いや倫理的な考え方を多数決で決めるようになると、それだけで個人の自由は損なわれる、と言っているのです
トクヴィルがこの考えを書籍で表したのは200年前。。。「アメリカのデモクラシー」という書籍においてでした
そして、この彼の預言は、その後200年を経過した今、アメリカにて現実のものになってきています

いまアメリカでは「ポリティカルコレクトネス」ということが大変な問題となっていて
個人の自由な発言が「差別だ」として、常に監視されるような社会になっています
これ、民主主義の一番恐ろしい病の一つであって、「多数が決めた正しさを批判する事は許さない」という抑圧社会を生んでいるわけです

中世ヨーロッパの社会は、今のアメリカに比べると、随分と自由が保障された社会でもありました
君主制社会の中で、なぜそういう仕組みができたのか?というと、その理由をトクヴィルはまた説明しています
一般民衆に自由が保障されていた理由は、中間支配者層の存在にありました
中世社会は君主制社会ではありましたが、君主の権力に依存することのない「領主」たる貴族が多数存在しており
この領主たる貴族たちが防波堤となって、君主の絶対権力から民衆を守っていた側面があります
領主は民衆から税を取っていましたけれども、逆に民衆のもめ事を解決したり、民衆を守ったりする存在でもありました
領主たる貴族たちは教養があり、宗教的な素養を十分身に着けていたとも言われています
つまり、民衆は民衆で、自分たちの代表としての領主を頼りにしていた面があって、「持ちつ持たれつの関係」でもあったわけです

一人一人の領主の素養にもよるとは言え、領主は代々「領主としてあるべき姿」というものを、親から子、そして孫へと伝える傾向があり
領地内に住む一般住民たちとの関係性は、代々受け継がれる傾向があったと言われています
たとえ君主としての国王から住民へ重税を課そうとしても、そうした君主の横暴な振る舞いを止めていたのが領主で
そういう、本当の意味での地域の代表者の側面があったわけです
考えてみれば、一般民衆から見れば身分の離れた遠い存在の君主に親しみを感じることはなく、直接要望を伝えるすべもなかったわけで
一般民衆の生活など知り得ない君主と、より民衆に近い距離にいて民衆の生活の現状をよく知る領主
この関係は、より良い関係を維持するためのバランサーとして機能していたと思われます

西洋ばかりではなく、東洋においてもこうした事はあります
史上初めて広大な中国大陸を統一した始皇帝という人がいますが、この方は強力な中央集権体制を敷いていました
始皇帝は「法によって国を治める」という法治主義国家の考え方を打ち出しましたが
現代では法治主義は当たり前のように「正しい」と思われておりますけれども
当時の秦の時代は、その「法」を厳格に守る体制を作った反作用として、一般民衆は酷く悲惨な生活を強いられたと言われています
つまり、中央が強力な権力をもってすべてをコントロールしようとすると、必ず全体主義となって人々の自由が阻害され奪われていくわけです
中間支配者層が地域の代表の座を失い、強力な中央集権体制になると、地域住民の生活が崩壊します
これは一個人に権力が集中した場合であり、民主主義とは関係がないではないか?とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが
事はそう単純なものでもないのです

トクヴィルは、アメリカの民主主義もまた「多数決で決められた道徳が、強制力をともなって一般市民の自由を奪う」と指摘しています
全体主義の起源を著したハンナ・アーレントは、「悪の凡庸性」を指摘していて
「上からの命令に忠実であることが正しさであり道徳的なのだ」と考える平凡な人物が権力の中に入ることで
民衆を機械的に自動選別し、有無を言わせず強制力をもって自由を束縛することがあるわけです
この場合、多数決による「道徳的なお墨付き」を貰っている分、執行者の判断には迷いがなく、「情け容赦がない」ことになるわけです

その、正しさの基準となる道徳に「宗教の教義から出ている普遍的な正しさ」が入ることにより
中世ヨーロッパの貴族制社会が機能してきたわけであり、実は健全な社会を維持ずるために不可欠なのが「宗教性」なのです
これはトクヴィルも指摘している通りです
何度も指摘していることですが、民主主義には「信仰」、「宗教」が必要です
これがないと、単なる「多数決への妄信」になってしまいます
幸福の科学の大川隆法総裁は、政治に「自由」「民主」「信仰」の三つの柱が必要だと、何度もご法話で述べられています
私もその通りだと思います
自由も民主主義も、守らなければ壊れていくものですが、その基軸になるのが信仰である。。。というのが今日の結論です
信仰が無くなれば民主主義は全体主義に変化し、自由は損なわれる
そう思います

きょうはこの辺で、それではまた
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指針の欠如。。。精神性なくして真の発展はなし

2023-12-26 01:15:53 | 政治
本日は、この動画を拝聴しての感想として、私の思うところを述べておきたいと思います


残念ながら、今の日本の政権、自民党の政治が最悪なものであることは、多くの方が賛同することでしょう
きょうもお昼ごろにミヤネ屋という番組に、石原伸晃氏が出演し、色々と語っていたのを見ておりましたが
彼もまた、「政治の信頼を取り戻すことが大事」という、抽象的な言葉を繰り返すばかりで、本質にはまったく切り込めない感じを受けました

私がここでまず最初に言っておきたいのは、「民主主義政治とは、民意のレベルを超えるものにはならない」ということです
ですから、日本の政治が最悪なのであれば、それは日本人の民意のレベルも、やはりそれに比例するものなのだろうと思います
よく政府批判をする人が、「政治家は悪い奴ばかり」と言いますけれども、それを選んでいるのは結局国民であって
政治家がそのように、欲まみれ、権力欲まみれになるように、国民の側が仕向けているわけです

例えばですね
誰かが指摘して言っていました。。。これは原口一博さんでしたか?
ガソリン価格を下げたければ、単純にガソリン税のトリガー条項を発動して、ガソリン税を無税にすればいい。。。
そうすれば、たった1兆5千億円の財政収入をあきらめるだけで、国民生活が非常に楽になる。。。
なのに政府与党はそれ以上の1兆8千億円でしたか?それだけのお金を業界団体(石油業界)に補助金として配っていますが
ガソリン価格は微々たる額しか下がらない。。。ガソリン税を無税にすれば、ガソリン価格1リットル当たり50円以上下がるのに。。。
要は、この業界関係者(石油業界)に倫理観がないんですよ。。。政府から補助金をもらって楽に利益を上げようとする
自分たちばかり権益を取ろうとする。。。。。これ、倫理観の欠如なんですね
業界団体に旨い汁を吸わせれば、政治家個人にキックバックがあって、その金で選挙に通りやすくなる
こういう業界団体と政治家の双方に、倫理観が欠如した状態なんですね

この「倫理観」というのは、実は言葉を変えると「資本主義の精神」なのです
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を著したマックスウェーバーは
近代西洋の資本主義の精神性の根幹は、キリスト教カルバン派、つまりプロテスタントの教義によって形作られたものだと看破しました
たとえどのような貨幣経済の発達した国家であれ、宗教的倫理観が欠如した社会には、資本主義は根付かない
これがマックスウェーバーの一番大きな発見でした
つまり、前述した政治家と業界団体との癒着は、これは資本主義の精神。。。倫理観の欠如した状態であり
これが30年以上も日本の発展繁栄を止めている、根本的な原因だと私は思うのです
業界関係者なら、国民が苦しんでいる窮状を見て、「少しでもガソリン価格を下げることが国家・国民の繁栄ため」と考える事こそが
宗教的倫理観に基づく資本主義精神だと私は思います
つまり、いまの業界関係者や政治家には、天下国家の発展繁栄を考えることのできる人材がいないという事を意味しています
これ、日本の宗教精神の欠如を意味するものだと私は思います
結論から言うと、そういう「天下国家を考えることのできる人材を政治家に求めていない」国民の責任であるわけです
民主主義とは、国民の意思によって政治がなされます。。。ですから国民の側にも、「天下国家を考える頭がない」わけです

話は変わり、件の動画についての感想ですが
まあこのままでは日本にオイルショックが来る可能性が高いのは確かだと思います
日本の石油備蓄は約1年ほどあるようですが、正直、オイルショックで本当に怖いのは、国民のパニックなんですね
私は今、徐々にですが生活物資を少しづつストックし、ある程度今後の不足に備えていますが、もう少したくわえを増やすつもりです
巷でオイルショックが起これば、「政府は国民への援助を増やすべき」という議論が起きるとは思いますが
いかに政府を罵倒しようとも、それで国民の生活が豊かになるわけではありません。。。そこは自己責任にて備えをしておくべきだと思います

また話は変わりますが、動画ではグローバルサウスに比べ、西側諸国をまるで悪魔の手先のように語っていることが、私には気になるところです
本当にグローバルサウスが発展繁栄の象徴に見えているとしたら、これもまた少し極端な見解に見えます
グローバルサウスの側には、中国北朝鮮のような無神論全体主義国家がいます。。。
無神論でなくとも、イランのように全体主義国家に極めて近い国家も複数あります
ドバイが素晴らしいと思うのは自由ですが、精神性の伴わない社会は、真の資本主義社会にはならない。。。という事も考えておくべきでしょう

いま、アメリカをはじめとする西側諸国が、資本主義の精神性の根幹である宗教性を失いつつあります
ですが、その対極にあるグローバルサウスが本当に素晴らしいかというと、それはおそらく蜃気楼のようなものであり
日本がグローバルサウスに取り込まれていった先にあるものは、おそらくは日本の滅亡だと感じます
日本は、要は心得違いをしているアメリカを改心させ、ロシアやインドを西側に取り戻し
全体主義化しているイランなどのイスラム原理主義国の改革を促し
無神論全体主義国家を包囲して、これ以上無神論国家が幅を利かせないように戦っていくべきと考えます
グローバルサウスを手放しで礼賛することは間違いです
日本には楽市楽座もいいのですが、それ以上に勤勉の精神、二宮尊徳精神を取り戻すことこそ急務であると思います

きょうはこの辺で、それではまた
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安倍派潰しとロシアの対日外交の硬化。。。そのタイミングについて

2023-12-20 00:17:55 | 政治
テレビでは元東京地検特捜部の〇〇氏、みたいな人が出てきて、安倍派と二階派の強制捜査について解説したりしています
世の中はパー券騒ぎ一色ですが、そんなもの、昔からあることだし、なにも安倍派だけがやってたことでもないのに
なぜか安倍派と二階派だけが血祭りにあげられている状態です
昔からそうですが、この東京地検がなにかをやらかして騒ぎを起こすときは、「日本が大変な国難に巻き込まれる」ことになります
正義の名のもとに、自分たちの手柄を誇示するために、大きな目で見た「国益」を損ねるわけです
これは、東京地検に、いや検事組織そのものに、真の国益を理解できる人がいないことの証左でしょう

私は決して安倍さんびいきでもなんでもありません。。。むしろ安倍さんには大変残念な思いをした者の一人なのですが
こと対ロシア外交の姿勢だけは、安倍さんを評価していました。。。これは是々非々で評価しているものです
そして、安倍さんの時代にロシアとの経済協力関係を深め、石油・天然ガスの交易・開発について関係を深めてきていました
安倍さんの努力。。。というと、「お前は安倍派か?」とか言われてしまいそうなのですが
それでも、安倍さんの外交努力によって、ロシアからのエネルギー供給の道が開かれかけていたことは事実であり
それを、自分の人気取りのためにぶっ潰したのは岸田氏であって、これこそ「ポピュリズムの見本」のような人だと私は思っています
まあ、自分の支持率にばかり興味があって、国益を見る見識がこれっぽっちもない。。。。
こんな総理を選ばなければならなかった日本人は、まあ残念なことです

率直に言わせていただいて、「日本には人材がいない」みたいなことを言う人がいますが、それは間違いですね
ようるするに、日本人には、政治的な見識をもった人材を選ぶだけの「政治家を見る目がない」のだと、私は思います
私は、幸福の科学の大川隆法総裁先生の、その深い見識に感服していますし
その弟子筋の人たちには、政治的見識の確かな者が沢山いる、という事を知っていますが
その人たちを、宗教的偏見の目で、色眼鏡で見て、最初から排除してしまっているのに
それでいて「人材がいない」とか言っているわけです。。。外国だったら、宗教政党を印象だけの色眼鏡で見ることなどないのですがね

大川隆法総裁という方は霊能者です。。。しかも、その能力は巷の霊媒師と比べられるようなものではない
古今の政治思想、哲学に精通し、またその高い霊能力にて、世界の政治家の本心、本音まで多角的に読み取ったうえで
日本として政治はどうあるべきか?その指針を折々に語り、書籍として矢継ぎ早に発刊してきたわけです
その大川隆法総裁が語る言葉には一見の、一聴の価値があると私は思っています
今という時代の日本外交のあるべき姿、近年、大川総裁が何を語っていたか、少し心を開いてみていただきたい
遠江秀年さんが、大川総裁の対ロ外交指針について語っています


私は、今の日本政治は正念場にあると思っています
下手をすると、本当に国が滅ぶと思っています
ロシアが完全に日本を敵対視し、インドが中国-ロシアからなるBRICS。。。グローバルサウスに取り込まれてしまった場合
日本は本当に滅ぶと思います。。。アメリカは最悪日本を戦場にしても、自分の国だけは守ると思います

いま、世の中はくだらない安倍派潰しを応援していますが
安倍派を潰すという事は、ロシアから見れば「ロシアとの協力関係の終焉」を意味するものだと私は思っています
要するに、「日本を含む諸外国との領土問題交渉を打ち切る」とは、「わずかに開いている国交の窓口も閉じますよ。。。」
という、ロシアからの最後通牒でしょう
遠江さんもおっしゃっている通り、北方領土を無視してでも、ロシアとの関係改善を目指すべき
中東の海上封鎖によってエネルギー危機が間近に迫るいま、残された時間はそれほどないだろうと、私は思います

それではまた
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信仰と投資について 2話

2023-12-18 02:27:51 | 政治
前回の私の日記を自分なりに眺めていて、「多分、AIには書けない文章だろうな」、と率直に思いました
AIには、人間の良心の根源がどこから来るものか?それが理解できることは永遠にないと思います
つまりですね。。。たとえどれほどAI技術が発達しようとも、人間が最終の価値判断を担う存在である事、それは変わることはないのです
言い換えれば、人間が価値判断をAIに任せてしまっては、それは人間として生きる事の意味を放棄したことになるわけです

少し前のリバティウェブにこんな記事が載っていました
「ブラジル市議会でチャットGPTが作成した条例が可決 善悪の判断ができないAIの過度な利用は危ない」
この記事をどう読むかは、読者それぞれの考え方によって色々でしょうが
こうやって法律の作成をAIに任せることが、人間としての退化であることが分からないのは、なんとも悲しいことです
この、法律を作る仕事もまた、”人間としての正しい価値判断”が求められる知的仕事の一つなのですが
AIを参考にするだけならともかく、重要な価値判断までAIに任せてしまっていては、人間として率直に、浅はかであると言わざるを得ません

話は投資の話題に戻るのですが、投資の世界。。特にヘッジファンドと呼ばれるプロの投資集団には「時の人」のような方が出てくることがあります
アンドリュー・ジョーンズ、ジョージ・ソロス、ジム・ロジャーズ、といった方たちですね
特にジョージ・ソロス氏などは、若かりしときにイングランド銀行を出し抜いて大資産を形成したことで一躍有名になりましたが
こうした「大成功」というものは、得てしてその後の人生に「影」を落としがちになるものです
つまり、「その時の快感が忘れられない」ということで、世間をあっと言わせることで自分が偉くなったと錯覚しがちになる
ということなんですね
この、「強烈な成功体験が、その人の生き方を大きく狂わせる」というのは、成功体験がある人は良く経験するものだと思います
皆様がよくご存じな例としては、例えばライブドアの堀江貴文氏などが、「強烈な成功体験によって人生を狂わせた人」でしょうね

私は決して堀江氏が悪いと言っているんじゃないんですが、それでも、堀江氏が行ったように
「株の錬金術」によって短期間で大きな財を築いた。。。みたいな話は。。。仮に、堀江氏の自伝や立志伝みたいなものが発行されたとして
果たして、後世にどういう影響を与えるだろうか?と、考えてみていただきたいのです
残念なことですが、堀江氏の自伝がもてはやされる世の中には、「資本主義の精神」が根付かないのです
AIが考える損得勘定によって、「得することが正しい」のであれば、堀江氏の錬金術としての技術は正しいと言えるでしょう
しかしながら、堀江氏のようにマネーゲームによって財を築く錬金術は、「コツコツ努力する事よりも人を出し抜くこと」
に重点を置いているわけで、他人の技術であろうが何であろうが、株を取得して会社を買収してしまえばこっちのもの。。。
ということで、努力を放棄する方向に行ってしまうわけです
これがね。。。資本主義の精神と相反するんですよ

確かに堀江氏は頭がよく、優秀な方であることは確かなのですが、彼が活躍する世の中は、あまり発展性がない
ゲームのようにマネーゲームが流行って、誰かを出し抜いてお金を儲けることが正義になってしまう
これがね。。。マックスウェーバーが言った、「貨幣経済が発達しても資本主義が根付かない社会」なのですよ
幸福の科学の大川隆法総裁先生は、ある映画に自らが出演し、その中で
「マックスウェーバーこそ資本主義の根本精神だ」
みたいなことを語っておられました。。。私もまさにその通りだと思います
宗教的精神に基づく倫理観。。。つまり宗教的勤勉さこそが、資本主義精神そのものなのです
なぜそうなのかと言いますとね。。。人間の本質にこそ、その秘密はあるのです

人間が生まれる前の世界。。。つまり魂として生活をしていた世界では、「思い即実現」の世界であり
心で強く念じ、実現することを信じる力が強ければ強いほど、その心の中で思ったことが現実になる世界です
そして、ここが肝心なところなのですが、その「各人が心に描く思い」が、「神の心に近ければ近いほど、その力は強くなる」傾向があるのです
神の心というものは、実は利己心とかけ離れたものなのです
「自分だけが儲けて注目を浴びたい」とか、「自分が成功して神として崇められたい」みたいなところには、どうやら神の心は無いようなのです
神の心はどうやら、「多くの人が成長し、幸福になること」を願われているようで
その幸福は、「自らの努力によって得て欲しい。。。自らの努力によって成功し、幸福になって欲しい」と願っているようなのです
だから、例えば堀江氏のような人の場合、確かに念力としては強くて、物事を実現する力の強い人だと思うのですが
自らの成功だけを願う利己心の強い人は、神の助力を得ることはできないのです。。。
ですから、それ以上に神が願われているのは、「”念力”ではなくて”法力”を学んでほしい」ということなのです

私も最近、少しだけ分かってきたのですが、「法力」というのは、実は「念力」とは少し違うのです
念力というのは別名「自我力」と言い、「自分の思いの力」であって、これが巷でよく語られる成功法則なのですが
法力というのは、実は自力と他力のハイブリッド。。。つまり、神の力を引いてくることなのです
自力よりはるかに大きな力であるのです
この法力ですが、それを引いてくる方法論は一つ。。。「神の心を我が心として、物事の成就を願う」ということだけなのです
この「神の心を我が心とする」ための方法が、実は「信仰」であり、「神への祈り」なんですね

ですから、投資をするときに私たちが本当に気を付けなければいけないこと、それはね
「利己的になってはいけない」ということ、そして、「多くの人の魂の成長につながらなければいけない」ということ
これが大事なのです
技術論ばかりを勉強していると、こうした「人間として本当に大切なこと」を見失いがちになります
それは本末転倒だという事なのです

きょうはこの辺で、この続きはまた
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投資と信仰

2023-12-17 03:18:29 | 政治
今日は一風変わったテーマです
マックス・ウェーバーは、「資本主義社会の前段階の社会は何度も現れるが、資本主義社会は”資本主義の精神”がなければ生まれない」
ということを、その著作で表しています
どういうことかというと、社会資本が発達し、貨幣経済が生まれて発展しても、それだけでは資本主義社会にはならず
資本主義社会は、その社会資本インフラの上に「精神性」が伴なって初めて実現する。。。ということを
様々な歴史の実例を研究した末に、「発見」したわけです

世の中には「株でも何でも、儲けた人がどんどんお金を使えば社会は発展し、資本主義が発展する」そう考えている専門家や研究者は多いと思います
しかしマックスウェーバーは、「お金を儲けた人が増えれば、それだけで資本主義社会が実現する、というわけではない」と主張しているわけです
最近私は、個人投資の勉強を始めていまして、その中で色々と、「投資と資本主義精神」について考えさせられました
資本主義社会が発展し、社会全体が繁栄するための投資とはいかなるものか?について、色々と考えを巡らせています

投資について勉強していると、「テクニカル」という言葉や「センチメント」という言葉が何度も出てきます
テクニカルというのは技術という意味ですが、これは株や債券などの金融商品の相場についての「読みに関する技術」が中心の言葉です
例えば、株の「オーバーボート(過剰な買い傾向)」や「オーバーセル(過剰な売り傾向)」など、相場を読み解く技術のことですね
センチメントとは、投資家たちの感情を表す言葉です
こういう投資の勉強をしていると、株や債券などは、実体経済の動向によって左右される側面はもちろんありますが
それだけではない部分も大きい、ということがよく分かるようになります
私自身は「投資とはマネーゲームのようなものであって、必ずしも実体経済を反映するものではない」という印象を強く持つようになっています
そうですね、実際に、投資はAIなどによる機械的な判断によって「動かされる傾向が多分にある」というのを感じます

最近は、ChatGPTなどが大変にもてはやされている時代でして、「AIの分析や判断は人間よりもはるかに速い」、ということで
こういう投資の世界には、AIの技術が物凄く取り入れられているわけですが
このAIというものですけれども、確かに、人間の感情に基づく判断を、統計によって「多数の判断」として選んだりすることはできるんですけれども
実際には、それが正しいか?間違っているか?の判断はできない。。。というのが、私の率直な意見です
AIによる価値判断は。。。表面的には確かにできるように見えるんだけれども、実際にはできませんね
将棋のようなものは確かに人間よりも相対的に強くはなるんでしょうが、人間の持つ「理不尽さ」を、AIは判断できません
例えば、日本の「神風特攻隊」の隊員の心理をAIが読み解けるかというと、それは絶対に無理なんですね
AIだと、「人間の中には魂の永遠性を信じている者もあり、死後に魂が残るので、死を恐れない心理状態がありうる」ぐらいは言うんでしょうが
それは少数派である、というのがAIの意見であって、特攻隊の「死を賭した勇敢さ」が後の世の人々の心理に与える影響まで推し量れないのです
つまり、AIには人間の倫理的価値判断までは手が届かないわけです。。。これは機械がどこまで発達しようと、変わることはないと断言できます

つまりね、こういうことだと私は思うのです
人間というものは、実は物質でできている機械のように見えるんだけれども、実は魂がその肉体に同居するように宿っていて
本当は、心に思い描いたことが、時間的に遅れて実体化してくる、元々そういう「精神世界の住人」が人間の本質であるからです
AIは、「人間が心で思い描いたことは、やがて実現してくる。。。実体化してくる」ということは、決して理解できません
精神世界は、AIの思考回路と順番が逆なのです。。。心で思い描くのが先であって、その後に実体化する。。。ということなのです
AIには「現実世界で起きたことが、人間の感情に影響を与える」ということは理解できますが
「一人の人間の頭の中で考えられた思想が、やがて世界に影響を与える」、ということが理解できるとはとうてい思えません
何を言っているかというと、つまり、今から2000年も昔にイスラエルに生きていた一人の男性の語った言葉が
その男性が十字架にかかって「罪人として」処刑された後、全世界にその思想が広がって影響を与え、それを数十億人が信じるようになる。。。
これは展開が読めないんですよ。。。ええ、絶対に読めません。。。これはイエスキリストのことですけどね
このように、人間の心の中にある「良心」とか、「信仰心」とかが、この世的に見て、理不尽な判断をもたらすことがある
これ、AIには解読不能です

イエスはなぜ自ら十字架にかかることを知っていながらその運命を受け入れたのか?
ソクラテスは、牢番が逃がしてくれると言っているのに、なぜ自ら毒杯をあおって自死したのか?
これは精神世界を知り、倫理観に基づく判断や、信仰心に基づく判断ができなければ、AIには解読不能なんです
人間は、元々その心の中に「神と同じ性質」を埋め込まれており、良心や信仰心というものを大切にする本能が埋め込まれているわけです
だから、自らの良心に恥じることを選ばなかったり、この世的に見れば損なこと、理不尽なことを選ぶこともできるわけです
私は、投資の世界にどっぷりと浸かっていると、自らを機械の一部として「自らの利益になることだけを選び取る」ように訓練されているようで
なんだか、自らを機械やAIの立場以下に貶めているようで、残念な気持ちになるような気がしてなりません

まずは序論として、投資と信仰について、簡単に触れてみました
このテーマは今後、もう少し掘り下げて考えてみたいと思っています

それではまた
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