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『パントマイムの歴史を巡る旅』第29回(佐々木博康さん(5))

2015-05-07 00:28:00 | スペシャルインタビュー
(インタビューの第5回は、作品作りやマイム論をテーマに語って頂きました)
編集部 現在の作品作りはどうされていますか。
佐々木博康(以下、佐々木) 自然や音楽などからインスピレーションを感じて、心に深いものを感じたら、すぐ作ります。作品は考えて作るものではありません。どこかに行って何かしているときや、稽古の中で生まれます。
編集部 そうすると、今でも新作を作っているのでしょうか。
佐々木 新作しかありません。旧作もたまには上演しますが、元の作品を改良したり、初演当時ともっと内面が違ってきたりします。新しい作品を中心に上演して、たまに旧作を上演するのが良いと思います。

編集部 長年のご活動の中で、佐々木先生の代表作は、何でしょうか。
佐々木 代表作として、海外で上演する作品の一つに「木曽川の筏乗り」というものがあります。演者は、膝より少し下くらいまでの丈の着物を着ています。昔、木曽川の上流の山で木を切ってその材木を筏で流して運んで、その材木で得た収入が徳川幕府の財源になっていました。その話とは直接関係ありませんが、1人の筏乗りが、日が沈んで、月が出てきて、山際が暗くなった月夜の下、尺八が奏でる中を非常にゆっくりと漕いでいます。琴の音に変わると、漕ぐスピードを上げて、かなり漕いだあとに、ふと上を見上げると、月が一際大きく輝いています。男が感動してしばらく月を見たあと、川の水で顔を洗おうとすると、月光が川の水に反射して、美しい。筏乗りは、顔を洗って、座ってキセルでタバコを吸って、しばらく物想いにふけります。月光に輝く川面をうっとりとして眺めていると昔の懐かしい人々の顔が浮かんでくる。タバコを吸い終わると男は再び筏を淡々と漕いでいく。尺八と琴の音が情緒的な世界を演出し、海外で上演すると大変反響がありました。
編集部 ストーリーがシンプルで、詩的な世界が豊かに広がってくる作品ですね。

佐々木 ソロで同じように短編に津軽の詩人を描いたものがあります。これは、詩人が厳寒の津軽を旅して、自然の中を歩いていると、雪が降って激しくなり、最後には吹き飛ばされるほど強風になります。厳寒に耐えながら辛抱強く春の来る月を待つ東北の人々を描きます。そういう自然と人間が一体となって何かを伝える作品や、人間が出ないで、自然だけを描いた作品が僕の好みです。よくそういうテーマで生徒に演じさせます。例えば、風が強い日に公園に行くと、無数の落葉が風で全部持ちあがって、前方にくるくる回転しながら突進してくるという風景がとても印象的だったので、すぐ作品にして、マイム劇場などで上演しました。自然をテーマとした作品は幾つかあります。中には、コミカルな作品も幾つかあって、時々アンサンブルで上演しています。
編集部 是非劇場で観てみたいですね。

佐々木 他にも、僕の好きな作品に「記憶」というのがあります。人間の記憶がテーマです。前衛的な音楽がかかっていて、主人公がゆっくりとお能のような動きで歩いています。
舞台袖から舞台中央までゆっくり3分くらいかけて歩いて来ます。次第に色々な記憶が蘇ります。心の中の葛藤を抽象的な動きで演じて、そのうちに主人公の母親、姉、妹がでてきます。お姉さんは自転車を修理し、妹はおはじきをしています。お母さんは縫物をしており、その一人、一人との過去のやりとりが再現されます。次第に家族一人一人が消えて行き、最後に主人公が一人で残される。海外で上演すると、拍手が鳴りやまず、ブラボーと言ってお客さんが抱きついてきますね。
編集部 言葉で聞いただけですが、「記憶」は、すごく情景が浮かんできますね。先生が好きなカフカの作品もいくつかありますか。
佐々木 カフカは「変身」と「審判」という作品があり、「変身」は海外でも上演しました。「審判」も何度も上演しています。カフカものが一番好きです。
編集部 「変身」って、小説の「変身」ですか。
佐々木 そうです。朝起きると主人公が虫に変わっているというものです。僕は、小説の冒頭のシーンの前に付け加えて、夢のシーンから始まります。主人公が夢を見ます。一人で歩いていると何者かに尾行されている気配があり、振り返ると、誰もいない。安心して歩きだすと、再び誰かに追われているのを感じてというのを何度か繰り返して、やがて何人かに囲まれてしまい、やっつけるが最後に殺されたところで目が覚めると虫になっていた。これは、奇妙な仮面をかぶって演じるのですが、やっぱり難しいです。まあまあできるようになるのは40年くらいかかりますね。
編集部 40年ですか。
佐々木 役者もそうだと思います。30年やると良いなと思いますが、今から考えると全然ダメでした。僕は75歳になりましたが、今が一番表現できると思います。

佐々木 ところで、貴方は、どんなマイムをやるのですか?
編集部 一人で演じる時は、ストーリーに頼らないで、内面的な世界を表現したいという理想はありますが、実際には、結局分かりやすい作品をやることが多いですね。
佐々木 それで良いと思います。笑わせたり、親近感を持たせる作品があって別の作品でぐっと来たものを入れたり、笑わせる作品の中に、心に響く何かを表現すると良いでしょう。例えば、マルソーの「青年・荘年・老年・死」という作品があるでしょう。あれは素晴らしい作品だと思います。たった3分の作品ですが、マルソーの中で一番輝いている作品です。僕は、あの作品の最後に、死んでから、赤ちゃんに戻り、輪廻のようにまた青年、老人になるというシーンを付け加えて演じたことがあります。また、最近は、稽古で、螺旋階段というシチューエーションの中でこの作品を生徒に演じさせています。例えば、主人公がマイムの役者として生きていて、螺旋階段を上って行くと、30代、50代と20年毎に変わっていって、最後は老人となる。老人役でしか出番がなく、老醜をさらしてやるか、それとも死ぬのは簡単だけど、めざすところは、はるか先にある。結局、歩んでいくしかないと思い、再び上に向かって登り始める。
編集部 良いですね。
佐々木 でも、生徒がやると形ばかりで、気持ちが出てこないです。難しい。形だけだと全然面白くない。歩いている一つ一つの動きに気持ちが見えてこないとダメです。ストーリーになってしまうと面白くありません。ストーリーの説明はどうでも良いです。ストーリーの中のその瞬間を見せるのがマイムで、ストーリーを見せるのは芝居です。
編集部 そこが重要ですよね。
佐々木 最初からそこを言っても中々分からないから、やっていくうちに、いつか気づくだろうと思います。

編集部 そういうマイムのお考えが固まったのはいつ頃でしょうか。理想の姿が見え始めたのは。
佐々木 そうですね。いつもそう考えていましたが、その思いは、40代、50代、60代と年齢を重ねるほど、もっと高まっていきました。肉体は進歩してないですが、心の中では進歩していく。進歩というか、枯れるのも良いと思います。年をとって死に近づくのは嫌ですが、でも良いことは一つあります。極限に向かって1ミリでも進んでいけます。少なくとも60代の時よりも今の方が、マイムが良い。人がどう見ているかは知らないです。自分自身の感覚でそう感じます。人にどう見られるかは関係ありません。だから金儲けが絶対できません。僕は、マイムの求道者だと思っています。マイムを通じて人生を探求しているというふうになりたいです。以前所属していた生徒が久しぶりに公演に出演してくれて、稽古の時に「先生はマイム道ですね」と言われました。道を求めるマイム。マイム道を命ある限り、追求していきたいと思います。
編集部 長時間にわたって色々とお話頂きありがとうございました。

5回にわたって、佐々木博康先生のインタビューをお届けしました。突然の依頼にも関わらず、快く引き受けて頂き、当日は予定をオーバーして、2時間半以上にわたって、演技を交えながら熱く語って頂きました。75歳の今でも、毎日の稽古を欠かさず、新作を作り続けるとともに生徒への指導に力を注がれるという、その弛まない努力の姿に大変感銘を受けました。日本のマイムを作り上げてきた長年の活動に改めて敬意を表したいと思います。なお、日本マイム研究所の次回公演は、7月12日(日)に江戸東京博物館で予定しております。
(了)

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