児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

真っ白な残酷

2015-06-03 | 物語 (電車で読める程度)


静かなオフィスに軽やかなピアノのメロディーが鳴った。俺の携帯が「そろそろ出ないとマジで終電なくなるよコール」で教えてくれたのだ。おそるおそる手元の書類をチラ見し、やっぱりまだ半分も終わっていないことを再度確認した。終電よ、俺をおいて先にゆけ!そう心で叫んでデスクに向き直った。

時計の針は午前2時をまわり、俺はいっこうに減らない書類の束を眺めながら絶望に浸っていた。これ終わんねーよ。声に出して言っても笑ってくれる同僚はいない。そういえば、と手を止めて俺は昔の幼馴染みが先月結婚したことを思い出した。仕事一筋だった幼馴染みは晩婚ではあったがなんか優しそうな人と結ばれたようだった。いつだったか最後にやった中学の同窓会では、俺とアイツだけが独身で、俺達は一生このままなんだろうなって笑いながら酒を飲んでた。それが今ではついに俺だけになってしまった。

俺もいい年してこんなことを言うのもガキ臭いが、たぶんアイツは運命の人と出会ったんだろう。

「既婚者の約7割は30歳までに今のパートナーをみつけている」どこかのネットニュースでみた記事がよみがえった。そもそも34年という俺の人生の中で、「彼女」という存在は登場しなかった。おそらく縁が無かったんだと思う。たしかに中高と決して愛想のいいやつではなかった。大学もバイトばかりやって、あんまり交友関係も広くはなかった。当時はそれでいいと思っていたし、今もそれで間違いはなかったと思っている。

けれど顧みる家庭がないということは気楽な反面、何かが足りないような気がした。

今感じているもの足りなさを「結婚」の二文字がなにもかも解決してくれるような錯覚に陥る。


俺の手は完全に作業を中止し、書類とキーボードの代わりに財布と煙草をつかんで、オフィス横の休憩スペースへと足を向けた。



もし俺に「彼女」なんてふざけた存在があったとすれば、それは彼女ただ一人だっただろう。


それは実ることはなく、けれども枯れ落ちることもなく。とても不完全で曖昧な存在。



「あなたが幼馴染みで本当によかった。」


披露宴の後、真っ白なウェディングドレスに身を包んでその人はそう言った。







【おわり】