あぁ、いらない
いらないんだ!
なにも必要ない!
アタシにはこれだけで十分だ!
左手から血がでる。フレットが赤く染まる。Z字型のピックアップから伝えられた電気信号はライヴハウスなんかのアンプから重低音となって放たれる。塗装の剥げ落ちたサンバーストのプレベンションベースはアタシの手のひらでは押さえきれないほど弦幅があった。繰り返す轟音と軽やかなオクターヴ。これはアタシの声だ。か細いアタシの喉よりも哀叫ぶ歌に似た慟哭だ。アタシは四本の弦を叩きはじく。ステージライトが暑すぎて前髪がはりついた。アタシの意識はブライトなステップに煽られて、穢れきった黒から白色不透明なものへと洗練されていった。
もう、なにも持たなくていいんだ!
なにも抱え込まなくたっていいんだ!
くだらない生活、
しょーもない悩み、
大したことない自称“友達”共。
全部メロディの中に吐き捨ててやる。
くだんない。
つまんない。うっとうしい。
アタシにまとわりつく茫漠とした不安の全部を叩き壊してやる!
高校なんて、恋愛なんて、家族なんて、将来なんて、みんなみんな見せかけのハリボテだ!
どこにもリアルなんてない!
どこにも実感なんてない!
どこにもぬくもりなんてない…
あぁ、ねぇ誰か教えて!
アタシはいったいなんだったの?
なにもいらないアタシは誰にも必要とされない「いらない子」だったの?
アタシはいったい誰だったの?
どんな子であれば正解だったの?
あぁ、頭が痛い。
吐きそう。
要領よく生きる賢さなんてアタシは生憎持ち合わせていない!
だから、ゲロにまみれて世界に中指をたててやる!
そして、アタシとベース以外何も無くなってしまったその世界で思いっきり泣き歌ってやる!
轟音とオクターヴの輪廻を越えて
ガラガラの声で
可愛くない声で
誰にも媚びない声で
ドラムのクラッシュでギター&ベースの音色が止まり、パイプオルガンの旋律だけが梅田のヨドバシカメラで一万円もしたヘッドフォンから流れる。アルバムの最終トラックをリピートするか悩みながらアウトロの残響に両耳を委ねた。
最後の三小節目で「おねぇちゃん! お母さんが『晩ご飯まだか』 だってぇ!!」という弟の呼び声が部屋のドア越しに聞こえた気がした。
【おわり】