児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

配車

2022-10-23 | 物語 (電車で読める程度)
ミッドタウンから慎ましやかな我が家へと向かう。タクシーに揺れはなく旅客用の後部座席は心地よかった。ドライバーである旧友と話をした。

付き合って七年目の彼女と別れたそうだ。

かくいう私は付き合って七年目の妻との間に子が生まれた。

「心臓をえぐられたわ。」

街並みは馴染み深い景色に変わる。

「こんなにしんどいなんてな。」

理由は他に“素敵な人”ができたらしい。

「本当かどうかはわからないけどさ。」

バックミラー越しの彼と目は合わなかった。

なぜそうおもうのか聞いてみた。他意はない。

「いつもは早い返信がその時だけは間があったから。」

「そっか。」

断ってから少しだけ窓を開けた。夜風が前髪を揺らす。女神様の前髪も揺れるんだろうか。


「結婚したかったな。」

彼の白手は瀟洒で、ハンドルを握る所作は品のよいものであった。車体は滑らかに夜の明かりをすり抜け、私がよく知る場所へと誘った。

「貯金もないし、仕事もころころ変わったけど。それでもさ。」

私はぼんやりとメーターを眺めた。積もる数字を何かに重ねようとしてやめた。

立派だとおもった。だから自分の事のように悔しかった。彼と幸せな話題を噛み締めたかった。うまくいかないことってなんてありふれているんだろう。いつ自分がそれを拾い上げてもおかしくなかった。

このまま、どこか美しい景色を見に行きたい衝動に駆られた。

けれどもそれは明らかにとても身勝手なことだった。


「ここでいい?」

「あぁ、ありがとう。」

小銭はまけてやるという彼にクレジットカードを押し付けた。

一円たりとも違わず決済する。


「また連絡するよ。」


お決まりの別れ文句を垂れて降りた。


なぜかもう会えない気がした。




【おわり】


コンパスの針

2022-10-23 | 物語 (電車で読める程度)
こうやっていつまでも
俺の話を聞いてくれる相手も

俺に自分の話をしてくれる相手も

いなくなってしまったな


川の流れのように
時間に笹舟を浮かべて



耳をすませば

軍靴の響き




目を凝らせば

晩秋の宵




三匹の猿に倣って
ここじゃない場所で踊っていたい
ずっと ずっと


それでもできることと言えば
強いて言うなら、妻を大切にすること。
それだけが闇を祓う術だと信じよう。 

すり替えられてしまわぬように
本質を見極める力を磨くとしよう。
それだけが光を見つける全てだと信じよう。



【おわり】