史記、内平外成、内平らかに外成る。
書経、地平天成、知平らかに天成る。
天地ともに平和が達成される事
第125代 明仁 あきひと
昭和8年(1933年)12月23日(84歳)
つぐのみや 継宮
昭和64年(1989年)1月7日
30年113日になるか
第124代昭和天皇
第一皇男子
まだし平成時代は終わっていない。平成30年6月現在、それは平成31年であり、残す10か月、2019年、平成31年4月30日の今上天皇退位のことをもって、元号が変わる。平成のデキゴトロジーはそのときを以て語られる。いまにして思えば、日本政治史に激動であった。時代の幕開けには55年体制の大転換があった。それからの政治には政権が移り変わる世相を反映した。その様子は自民党政治の影響の大きさを再認識することとなるが、メディアの政治への鑑賞にもあら割れる。自然災害、取り巻く国際情勢のパラダイムシフト、そして国民が知ることになるね日本国憲法の精神である。1945年、1952年に戦時体制が変わった昭和時代から平成時代に受け継いだものは憲法の条文を国民一人一人がかみしめることであった。平成31年にそれがあきらかになる。
ウイキペディアより
>内閣内政審議室は昭和天皇崩御の日(1989年(昭和64年)1月7日)の早朝、十ほどの候補から最終的に「平成」「修文」「正化」の三案に絞り、竹下登首相の了解を取った。その日の午後、「元号に関する懇談会」(8人の有識者で構成)と衆参両院正副議長に「平成」「修文」「正化」3つの候補を示し、意見を求めた。この時、当時の内閣内政審議室長であった的場順三が、とっさに、明治以降の元号のアルファベット頭文字を順に並べ、「MTSの後はHが据わりが良いでしょう」と言った。
その後に開かれた全閣僚会議でも「平成」で意見が一致し、同日14時10分から開かれた臨時閣議において、新元号を正式に決定。14時36分、小渕恵三内閣官房長官が記者会見で発表した。
>新元号の発表時に小渕恵三が述べた「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、『書経(偽古文尚書)』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味である。
>2010年代(平成22年)以降の時期に結成された新党
たちあがれ日本・新党改革・減税日本・大地・真民主党・新党大地・真民主・新党きづな・国民の生活が第一・みどりの風・改革無所属の会・日本維新の会・太陽の党・反TPP・脱原発・消費増税凍結を実現する党・減税日本・反TPP・脱原発を実現する党・日本未来の党・新党大地(2代目新党大地)・生活の党・結いの党・次世代の党・維新の党・生活の党と山本太郎となかまたち・日本を元気にする会・おおさか維新の会・改革結集の会・日本のこころを大切にする党・民進党・日本維新の会 (2代目日本維新の会)[28]・自由党(2016年に改称)・日本のこころ・希望の党・立憲民主党・国民民主党