発展途上国であるとして、日曜日のコラムに書いている。中国足球みたい、というような、流行語があって、勉強や仕事で努力しても思うようにならない境地だそうだ。中国のサッカーチームのW杯事情は、8年後も絶望的で弱いそうである。90年代が最盛期であった、少年たちがプロ選手に憧れ、全国にサッカー教室ができていた、そのような中国であったらしいが、そのころに既に、黒い笛問題が付きまとったという。なにか、黒哨、高名な審判が金品を受け取った、そして、中国足球協会首脳が汚職で逮捕、八百長の発覚と事件が相次いだ。日曜に想う、このコラムは、負けた日本チームに対しての励ましのようにも見えるが、実はその国情を照らし出す。元日本代表監督のトルシェ氏が率いる深圳チームにいた日本人プレーヤーの話を紹介する。その中国での日本人サッカープレーヤは何を経験したか。 . . . 本文を読む
蹴球はサッカーのこと、足球はなにか。さしづめ、>足球是足球运动或足球比赛的简称;当然它也指足球比赛中的用球,但在这里它代表前者。標準的足球比賽由两队各派11名队员参与,包括10名球員及1名守門員,互相在长方形的草地球场上互相对抗、互相进攻。http://zh.wikipedia.org/wiki/足球 と、あるところ、中国語である。さらには、足球在英語世界中有不同名稱。英式足球於19世紀的英國出現時,football一詞還可以指數種形式相異的運動,例如橄欖球(rugby football)等。と説明している。日本語の説明には、 >サッカー(英: soccer)は、球形のボールを用いて1チーム11人の2チーム間で行われるスポーツ競技のひとつである。アソシエーション・フットボールないしはアソシエーション式フットボールとも呼ばれる。他のフットボールと比較して、手の使用が極端に制限されるという大きな特徴がある。 . . . 本文を読む
現代日本語の輪郭と、日本語の輪郭と、現代が、この数十年であるとしたら、その前の時代の日本語の輪郭と、それぞれは違うか、同じか。その前を古典日本語とするなら、それは日本語の輪郭となるかどうか、はたしてどうだろう。現代日本語と、言うところの、古典日本語と、輪郭が大きく変わったのは、仮名遣いである。現代仮名遣いと、歴史的仮名遣いと、その呼称には、新かな、旧かな、ということもあった。それは音表記のあらわれであるから、音声言語も違っていたとすべきであるが、その発音は記録されないだけでなく、録音がない。よって、仮名遣いがそれを辿るかどうか、音の変遷を跡付得るかである。仮名文字遣いに、漢字表記を見れば、これについても通行字体が大きく変わっている。その書き方も、縦に、横に、変化を見せている。横書きに交じるのはカタカナであり、ローマ字であることもある。したがって、漢字音、仮名の読み、カタカナの音というふうに、変遷を見せているはずである。少なくも合拗音の発音はとどめるところだけである。 . . . 本文を読む
リニア残土、瀬戸が名乗り 愛知全量規模 鉱山埋め戻し用 中日新聞トップ記事、見出しである。20140630
リードには、二〇二七年の開業を目指し、今秋にも着工されるリニア中央新幹線の工事で大量に発生する残土を、愛知県瀬戸市の窯業団体が採掘中の鉱山の埋め戻し用に受け入れる検討をしていることが、関係者への取材で分かった、とある。
トップ左には、イラク派遣時の03~09年 防衛大退校者が急増 とある。20140630
記事には、イラク特別措置法に基づき自衛隊がイラクへ派遣された前後の二〇〇三~〇九年に、幹部を養成する防衛大学校(防大)の退校者や、任官後の早期退職者が急増したことが分かった、とある。
>ピークの〇五年は四割が退校するか、早期退職した。安倍晋三政権が集団的自衛権の行使に踏み切れば、自衛隊から再び人材が流出する恐れがある。
中段の見出しには、北、弾道ミサイル2発 日本海に落下 中韓会談けん制か とある。20140630
記事には、【ソウル=中村清】韓国国防省は二十九日、北朝鮮が同日午前四時五十分ごろと五十八分ごろ、日本海側の江原道元山(カンウォンドウォンサン)付近から北東方向の日本海に向け、短距離弾道ミサイル二発を発射したとみられると明らかにした、とある。 . . . 本文を読む
仮名遣いによって決められたのが、昭和21年11月16日内閣告示第33号、現代かなづかい、である。そこには、現代語音にもとづいて、現代語をかなで書あらわす場合の準則を示し、旧かなづかいの、ぢ、づ、は、今後、じ、ず、と書くことになった、となる。引き続き、その改訂となった、現代仮名遣い、昭和61年7月1日内閣訓令・告示第1号にも同様である。その凡例によれば、>第1 語を書き表すのに,現代語の音韻に従って,次の仮名を用いる。ただし,下線を施した仮名は,第2に示す場合にだけ用いるものである とある。また、地震については、注意があって、 > 次のような語の中の「じ」「ず」は,漢字の音読みでもともと濁っているものであって,上記(1),(2)のいずれにもあたらず,「じ」「ず」を用いて書く とある。
例 じめん(地面) ぬのじ(布地) . . . 本文を読む
日本語の輪郭と銘打って、まずはキーワード検索をして、書名が出てきた。いずれも、日本語文法の輪郭、とそのタイトルにある。 ローマ字による新体系打立ての試み、という副題があって、すこし面白そうである。さて、輪郭は物事の概要、外側を作る線といったようなことである。あらすじ、アウトラインのような言いかえもあるようだ。そうなると、輪郭と結びつく語には何があるか、検索キーワードにすると、現代日本語文法の輪郭をはじめ、日本人の輪郭、輪郭同義語、日本の輪郭、愛の輪郭、顔の輪郭、メディアの輪郭、デザインの輪郭、理想の輪郭、音の輪郭などがヒットするようだ。日本文法と、日本語文法と、日本語と、現代日本語の輪郭と、それぞれ意味する内容があるとしてその輪郭を見てみるのもよさそうである。ブログには、美しい日本語の輪郭の見える歌声で歌いましょう、というのもある。 . . . 本文を読む
集団と個別と問わず自衛権の発動が目に見える。もう、危ないのである。周辺国の軍隊は訓練を超えて挑発に近い。それぞれが戦う準備が整って中央政府の司令のあるかなきかに、それがなきままに軍事行動を起こそうとしている。この週の発売の週刊誌の記事に現われた自衛隊は北朝鮮、そして中国と戦うと書いていたと、それをみて日本の原発が狙われると予想する、その現実味がましつつある。安倍総理のすすめる憲法改正論議への道のりを軍事国家への道と位置づける。戦争が起こるのは民衆の不満があるからだと最近の情勢で思う。それはプロバガンダに動かされてのことであろうと、経済、生活の安定、エネルギー、食料の供給などに、それだけではない、民衆が抱く不満は大義正義の義憤にも現れさるきっかけがあると、そこに勢いが増して転がる坂の道のように突き進み始めるのである。この情勢は人々にさまざまな思惑を与える。この数年に安全は保たれるか、国内に不安はあるのか、海外に迫る領土への切迫と緊張は急を告げないとも限らないから、外交の交渉はかつて見せないやりとりとなるだろう。まずは7年の時間を検する。 . . . 本文を読む
北朝鮮が弾道ミサイルを発射した。日曜朝のサンデーモーニングのニュースショーを見ていたら臨時ニュースでキャスターが読み上げた。標的は、航続距離は、日本海に落ちた、500キロぐらいかと、東海岸から日本海に向けてミサイルを発射、短距離弾道ミサイルと推定、飛距離は500キロ前後という、韓国国防省の伝えるところであった。なにかをやるだろうというコメンテーターの発言も、中国主席の韓国訪問、日朝交渉の始まりに合わせたデモンストレーションかとの観測であった。時間は、北朝鮮、29日午前4字50分ごろ、同58分ごろの2回だと言う。隣国の南北情勢が日本海を挟む緊張状況になり、一触即発を引き起こしかねない。日本政府は防衛省による、北朝鮮東部の元山付近から日本海に向けて同日午前5時ごろ、複数の弾道ミサイルが発射されたと、発表をした。新聞のコラムで、足元で戦争の匂いはしないかと書いた。戦後レジーム空の脱出の解説記事に、それは戦前になるとはどういうことかと書きたてている。 . . . 本文を読む
美味、美味しい、この表記に、ふと思う。味に美しいとは、味わいに美味があるということだから、美のとらえ方が変わる。美そのものはそもそも味を修飾する語ではないだろうに、おいしいにあてはめたのは日本語らしい。らしいと、何の根拠なく思うところが面白い。美の概念があるとして、自然美とか、造形美とか、機能美とか、そう言うのがあるようだけれど、味にはまるのは、芸術的な美ぐらいか。芸術が何であるかとなると、食の芸術があるということになる。漢字文字についての美字は犠牲を表す。犠牲にかかわるから、これを、美し、うつくし、うるわし、と読む訓は、字義から少し異なるようである。それは言語のことであるから、日本語には日本語らしく稚けなき者への思いがあったのである。これをまた美の定義とか概念で哲学的に探るとなると、それはまた美の語源から説明を辿ることで、ずいぶんと、それぞれに美のとらえ方があることが分かる。そして日本語の、美味しいである。美味い、とすれば、うまし、である。 . . . 本文を読む
市町村合併の動きによると説明できる。2003年、平成15年から2005年、平成17年にかけてピークを迎えた、1999年、平成11年3月末に3,232あった市町村の数は、2006年、平成18年4月には1,820にまで減少したようである。さらに、平成の合併の区切りとなった2010年、平成22年3月末の時点で、市町村の数は1,727にまで減少したという。そのおりに、さいたま市のように、2001年5月1日に、浦和市、大宮市、与野市の3市による新設合併により成立し、市の名を平仮名とし、県庁所在地が平仮名の名称で誕生した。命名のいきさつには、浦和・大宮・与野の三市が合併するにあたり、当初は新市を、埼玉市にする予定だった、しかし隣の行田市、埼玉市は合併したあと、さきたまし、として名告る予定だから許さないと表明したため、やむを得ず、さいたま市としたようである。。 . . . 本文を読む