がくもん であった。学文をがくもんとして、その一方で、学問であったので、音による がくもん であった。その学問は学文の読みを受け継ぐようになった。時代的には明治期になって学文とまだ使われることがあったので、さらに下って昭和期の当用漢字の制限にあわせて学問とするようになったかもしれない。がくもん であったのだから、学問と表記をつけてもそれは古代*続日本紀‐天平二年〔730〕三月辛亥「大学生徒〈略〉専精学問、以加善誘」から漢字の移入があって行ってきたのを継承することになる。つまり日本語のなかでは、がくもん であり、表記は学文、学問とのふたつがあった。おそらく文章を学ぶという、学文の意味が優勢であったのだろう。天文地文水文とあり、人文という語があって、文には文章を通した知識の綾があったと推測する。 . . . 本文を読む
現代日本語「誤」百科 886 私はもったいない女 を、例題にしている。この例題を、私はもったいながる女 とすべきだろうと、コラムは言う。自分が節約家だということを伝えたいなら、と説明はしているものの、それではまったく意味が異なることを解説することになる。コラムの筆者はこの表現を意図的に理解しないか、私は恐れ多い女 となるような表現だと理解しているのだから、そのように受け止めていれば、多くヒットする用例の意味内容を捉え得るようになる。このフレーズは、ひところ流行った、と思うのだが、私は都合のいい女 というような言い方のバリエーションのいくつかの一つになるだろう。当然それは、私はかわいい女 のようなことである。それで、コラムが解説する自分がもったいながる女というときの、~がる は、やはり他者から見ての表現になるのでそのことに注意すれば、私をさしていう、自分がもったいながる女という言い方こそ、日本語としておかしいので注意すべきである。 . . . 本文を読む
語には名付けのことがある。森羅万象に人間は名前を与えてきたのである。なまえ という語は、また、なぜ、前というのか、名が何であり、前がなんであるかを考える日本語は、語の成り立ちがどういうものであるかを知らしめる。名前についていうと、この用例は辞書では、*浄瑠璃・井筒業平河内通〔1720〕二「表むきの名まへは祖母が夫、かんじんの正味はそなたの殿御」と見える。18世紀の初めのこと、*浮世草子・世間手代気質〔1731〕三・二「身も好た端商止むる心底で、則ち自今名前(ナマヘ)をかへても、たてり商(あきなひ)をせまいといふ」という例もあり、表向きの名前とはなんであろうか。名前を変えてもとある例でいえば、名前は手前の前と同じようである。この語は近代になって用いられていくようなことが用例からうかがえる。名前は一方で名字としてとらえらえた。苗字である。苗字帯刀のこと、姓名、氏名のことである。命名人名についてこうしてみると、は氏姓制度にあって歴史を持つことがわかる。 . . . 本文を読む
青春の疾風怒濤の時期を経て、受験生から家業見習いはセールスマンを経て受験生に舞い戻って大学生になった。そのまま大学院に進学し、車との縁はなくなった。それから10年、研究の道に進む。その後一生続くことになる。読書と思索とに明け暮れた。学園紛争が起こり1960年代のあおりは大学の封鎖と改革の騒動で、その経験は記憶にしまい込んだままだ。大学では…
学費を稼ぐのにアルバイトを探して朝早く配達する仕事を見つけた。それまでにも夏休みが来れば家業の手伝い、朝早くから夕方遅くまで走り回っていたのだが、それでは居候には小遣いがない、と言うよりは、会社を辞めてから心機一転と大学生になって勉強を始めて、食べるには困っていなかったが定収入がない。それでその稼ぎに運転免許があった。 . . . 本文を読む
現代日本語「誤」百科 885 運航を再開することを決定 を、例題にしている。これは表現を整合するようなことで解決する。しかし、このままで間違ってもいなければ、通じないことではない。問題なのは、このコラムの解説はわからない。日本語の係り受けをとらえていないことになって、それを踏まえなくてよいのか、どういうことなのか、日本語の表現をちがえて説明しようとするので、この論理が受け入れがたくなるのである。運航することに決定 とすれば、表現がよいというのは、新たに別の意味内容を作り出してのことであって、運航を再開する と言うところで、句となる日本語表現の係り受けが決まり、そのことを決定したというので、~ことを決定 としなければならない。それが説明では、再開することを決定 と理解しない。運航することに決定 と変えてしまっている。このような論理であれば、もとの言い方を異なった言い回しにするので、間違いだとか、どうだとか言うことではない。 . . . 本文を読む
国文があり、漢文があり、和文がある。英文があり、外国語に即した、仏文、独文などがある。国文科、英文科などがあり、仏文科、独文科もありうる。漢文科もしくは漢文学科は中国文学科になっている。あるいはまた、国文は日本語で書かれた文章と説明され、そのように言えば、漢文は漢語で書かれた文章であり、英語は英語で書かれた文章である。和文は、日本語で書かれた文章であり、また、和語を用いた文章をさすことがある。和文そのものが仮名文字を意味するからである。国文学、漢文学、英文学はあっても、和文学とは言わない。国文は、くにぶみ ということもある。国文そのものを、その国のことばで書いたものと説明す場合もある。国文は、いま、日本文に変わりつつある。短く言えば、日文であるが、これは、はて、どこの国のことばか。 . . . 本文を読む
語の種類を分けるのに、漢語、和語、外来語と出自によることがある。漢語は中国から、外来語はその他の地域からということである。和語は出自でいえば、大和である。大和言葉とすると、固有の日本語としてとらえる。語の出自を言うことは外来語を借用語とする考え方である。つまり漢語は借用ではない。中国から移入した語となる。固有語に対すれば借用語としてよいが、その語彙は和語に等しい意識にある。つまり漢語と和語がわたしたちのことばである。漢字を文字とし、訓読みなどを加えたことによって、それを日本語としたということである。漢語は熟語を語として字音語となる。漢語発音を日本語発音にしてその音を含めて字音語となる。漢字音は漢字を取り入れた時期、地域からの影響があり、日本語の漢字発音にその違いを示している。また、漢語を音読みだけでない熟語を編み出し、重箱、湯桶を作り出し、これも特徴的である。。 . . . 本文を読む
万葉集に題詞に合わせてみる場合に左注がある。題詞は詞書としてもとらえられるようになる。左注はそのまま歌学で用いられている。本文の左側につける注として、歌集の編集者が付けるものとされる。万葉集は歌集として読む場合に題詞と左注を読むことになる。歌を賞する立場から言えば、歌の内容を読み取ればよいところ、その作歌事情などを知る手掛かりがあればそれを参考とすることになる。より詳しく鑑賞して説明を求めることになれば、それは逆に、歌につけられた題、編集者が付けたとされる注によって解釈が加えられることになる。歌を学ぶときに、古今和歌集などの場合には詞書をとらえてその文章に情報を見出そうとすることがある。仮名書きであるので物語文との比較などが行われる。左注としてのものには編集の時代に見て後人が加えるものとみられる通りである。というのは、まだ歌集の成立以後のこととして歌学として見られたのに対して、時代が遡る万葉集の場合には左注が漢文書きであるという事情もあり、その編集には時間経緯があって、さまざまな問題がある。
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語を集めたものと言えば辞書である。語を分類して並べるものも辞書である。国語辞典は50音引きで発音順に並ぶ。漢和辞典は字形によって分ける部首引きである。では、日本語辞典ができたらどのように語を集めて分類するだろうか。発音で分けるか、字形にするか、古来、分類体を意義で行ったように、意義分類体になるだろうか。シソーラスが発案されたところで作文または文章のための辞書となる。語彙を考えて、語の集成とその検索の便宜を考えると、いくつもの辞書を兼ね合わせて搭載する電子辞書はメモリーの可能性から人間の能力をはるかに超えた辞書のようである。それがコンピュータにある辞書である。辞書はことばを集めた書物であったが、いまやことばとその用例を引き出す。語だけではない、どのような文脈で使われるかが言語の資料として引き出される。用例検索としてコンコーダンスとなったのである。辞書を引き、言葉を見る、そして意味内容を知るというのは、紙媒体までのことであった、ということのように、それが電子メディアとなってくると、ことばの使われ方をそのままに引き出すことになる。ことばと文脈の資料である。それはコーパスとなる。辞書はさらにどうなるだろう。 . . . 本文を読む
文学は何をおこなってきたか。文学作品を眺めることになるが、それは文学の歴史とともに現代文学の活動を見ても膨大なことである。その文学の表層を眺め渡して、やはり文学ということばに行き当たらざるを得ない。文学が何を意味するのか。文学の分野でどのように何を表してきたのかを見ることになる。文学をふみまなびとする例がある。古くは、ぶんかく と言ったと辞書にあるが、これは表記上のことらしく、発音をどうしていたか、わからない。また文章学にあるとする。後世の文法学に宛てた訳のようだ。この語を、文学するというふうにいいわけて、そこには文学の活動を説明するようである。文学するというのは、学問することとあって、これが原義だとする説明もある。そこには学芸というものもあって、これは言うところの文学作品のことのようだ。すると、文学という語に、何を行ってきたか、その意味するものは、学問と学術のことになる。 . . . 本文を読む