現代日本語百科   けふも  お元気ですか

gooブログはじめました!日本語百科です。
現代日本語百科 ⓒ2013gooksky

日本語史

2016-02-08 | 日本語百科
再掲

http://blog.goo.ne.jp/gooksky/e/039556ab63a7a05d9274830bcfbcbd7d
日本語史
2013-06-02 14:21:23 | 日本語百科

日本語の歴史について日本語史として考えてみる。歴史であるから文献記録による捉え方と日本語の発生とその言語現象の消長を見ようとする。歴史はできごととなる画期を時代区分にする。日本史はおおく為政者と行政府によって時代名称にわけ、その変遷が時代社会の区切りとなって表れる事件で時代区分をしている。日本語史には日本文学の歴史に国語資料を得るところがあるため古代をさらに区分して上代と中古に分ける。この時代が政治の平城京、平安京の都におかれたころの区分になる。その後は中世、近世、近代となるが封建制度の時代とその延長にある徳川時代、明治維新以降というみかたとなる。日本語史にも行政府の変遷に合わせた言語変化をみることはあるがそれは時代史区分にしたがったまでにすぎない。日本語の発生というと日本に民族がいたころからとなるが、歴史としての文字記録になると日本語で書かれたものには何があるかということになる。

言語史の資料は歴史資料でもあるが言語の現象をまとめて伝えるものとなる。文字の記録を発見してそこに日本語の現れを見ることもある。最古の文字資料と文献資料ということになるが日本語は初めに漢語の影響のもと記録された文字文献には漢字がある。漢字を取り入れて言葉と見た祖先はその文字づかいをもって日本語としようとしたので、そこに日本語の現象が現れるものがある。木簡に記された文字がある。
記紀の歴史記述に風土記またその逸文、それらに現われる文字づかい、とくに歌謡を記そうとしたのが
日本語の記述の始まりであろう。それは8世紀はじめのころである。
文学作品にまとまってその現象を伝えるのは、万葉集である。その表記のいくつかは日本語を書き表そうとした経緯があるようである。


時代を区分する言語現象は都を定め中央集権がはかられてみやび言葉が意識されるようになってから、その400年近い平城宮と平安京での朝廷の支配は中央語を形成したものとみられる。その後に西と東の地域にまたがる争乱が始まり、それは大きな400年のうねりとなって、地域の言語における交流を促したようである。京都と坂東はその流れを受けて箱根越えの文化移りを経験することになって言語も変化を受けている。この近代までの地方言語とそれ以後の日本語ではそれからまた数十年のときを経て国語として調えるべく時代を分ける現象と見てよい。

日本語は時代画期をみると文字表記にその特徴を見る。漢字書き、仮名書き、その仮名に片仮名があり平仮名がある。漢字を資料に見る古代から漢字と仮名の書き分けが進み、それまで万葉仮名の崩し字であった平仮名は中世からその名称をもって片仮名に並ぶようになったようである。しかし平仮名が使われる資料は限られていた。近世の異本には平仮名と片仮名の用字の別があるものがある。近代に入って片仮名書きが小学校教育で行われる。変体仮名など字体の統一があった。この片仮名書きは憲法など用例の文章にも現れて近代の文字づかいの特徴となるが、大日本から日本国へ変わるところで現代の平仮名の教育に遷る。



>2006年10月12日(木)、大阪市教育委員会と同市文化財協会は、同市中央区の難波宮、なにわのみや跡で、
 皮留久佐乃皮斯米之刀斯 はるくさのはじめのとし
と万葉仮名で和歌を書いた木簡が出土した、と発表しました。発見場所は難波宮の南西隅で、宮を造営(完成652年)するため埋められた谷。水分が多いため木簡が残ったらしい。埋め立て用の土などと一緒に放り込まれており、一緒に出た土器の年代などと合わせ、640‐650年と推定された。

>『続日本紀』には、697年、文武天皇の即位時のものをはじめとする宣命が62編、収録されている。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。