2013 年から5年目になる、このブログである。件数にして4100件目の記事に、正月の行事を書くのも恒例となる。リマインダーが送ってくる2016年の記事の出来事を読み直して記憶を探るが、その時日を結び付けたものは何もない。コンビニでの号外からと思い出すと、そういう風景が記憶にあるかなという、はなはだ心もとない。多くの出来事がある。
祝日法で正月は1月1日の祝いとなった。元旦だけが正月祝いというようなことだ。ハッピーマンデーで、1月二日も祝日だった2017年、正月三が日、松の内、七草がゆ、鏡開き、成人式、とんど焼、小正月、二十日正月、そして、正月のもろもろは終わる。
正月はいつからいつまで
正月3が日と言われる、正月そのものは3日間であると説明をして定着しているようだ。もとは松の内、注連縄飾りをつけている時期と地方によって異なるが、それを新暦に持ち込んで、関東を中心に7日までとし、関西を中心にして15日までとする。正月を月の名前とするなら、それは1月を意味していることになるが、正月祝いのためをもってするなら、家庭内の仕事を休める様子をも含めると、元旦から仕事始めまでとなる。
正月の準備が長いのは、それだけ時間がかかるということでもあろうけれど、旧暦での正月祝いを1月近くおこなったためであろう。親族一族が集い会う時間である。
正月は政治の始まり
正月の語を調べるとその意味は、次のようである。
しょうがち しやうぐわち 【正▽月】 「しょうがつ(正月)」に同じ。
しょうがつ しやうぐわつ 4 【正月】 (1)一年の最初の月。一月。睦月(むつき)。特に新年の祝いをする期間の、三が日あるいは松の内をいうことが多い。[季]新年。
しょうがつ-おくり しやうぐわつ― 5 【正月送り】 正月の終わりの日。正月祭事の締めくくりをする日。正月七日、一四日、一五日、二〇日など地域によって異なる。あがり正月。松納め。
しょうがつ-じまい しやうぐわつじまひ 【正月仕舞ひ】 正月の準備。新年を迎えるための支度。
しょうがつ-はじめ しやうぐわつ― 【正月始め】 陰暦一二月一三日の称。すす払い・門松迎え・炉の火改めなど、正月の用意を始める日。正月起こし。 (by 三省堂)
などが見られて、この辞書によれば正月の期間は、3が日、または正月の祭事を締めくくりとする7日、14日、15日、20日までと地域によって異なる。
この正月の事柄を検索すると、次のような説明がある。
① 欧米では1月1日の元日は休日であるが、翌1月2日から金融市場などは平常業務を開始する。正月はクリスマス休暇中の一つのイベントと位置づけられている。
② 1月1日:殆どの先進国で、グレゴリオ暦の初日が設定されている。
グレゴリオ暦は現在世界各国で使われている暦法で、それ以前に使用されていたユリウス暦に修正を加えた太陽暦の一種である。単に新暦 (英語:New Style、略称 N.S.、NS)と呼ばれる場合もある。ユリウス暦上の季節と実際の季節のずれが顕著になっていたため、トリエント公会議は教皇に暦法改正の業務を委託。教皇グレゴリウス13世はこれをうけて1579年にシルレト枢機卿を中心とする委員会を発足させ、研究を始めさせた。委員会の中には当時を代表する科学者であった天文学者アロイシウス・リリウスや数学者クリストファー・クラヴィウスらが含まれていた。委員会の作業の末、完成した新しい暦は1582年2月24日に発布され、同年10月4日(木曜)の翌日を10月15日(金曜)とすることが決定した。
1873年(明治6年)1月1日 - 日本で採用された。1912年(民国1年)1月1日 - 中国で採用された(中華民国が建国とともに採用、同年2月12日の清朝滅亡とともに国内全域で正式な暦となる)。
③ 中国・韓国において重要なのは旧正月(春節)であるが、元日も法定休日になっており、中国では「元旦」と呼ばれ、1日の休日、韓国においては「新正」と呼ばれ、1日の休日となっている。旧暦(日本では天保暦)の1月1日(立春前後、グレゴリオ暦(新暦)での2月頃)は旧正月と呼ばれる。中国、韓国、台湾などでは、新暦の正月よりも旧正月の方が重視される。お年玉もこの日に渡される。中国語は「春節」、「過年」、「農暦新年」という。また、1月 (旧暦)のことを「正月」と呼び(旧暦では「正月」が正式名、「1月」が異名である)、旧正月を「正旦」ともいう。日本でも沖縄県や鹿児島県の奄美諸島などの一部地域では旧正月を祝う地方がある。
④ 小正月(こしょうがつ)とは、正月の望の日(満月の日、旧暦一月十五日)のこと。現在は新暦1月15日に行われる場合もある。元日を大正月と呼ぶのに対してこのように呼ぶ。中国式の太陰太陽暦が導入される以前、望の日を月初としていたことの名残りと考えられている。なお、この小正月までが本来の松の内であり、近畿地方では現在でも1月15日の小正月までが「松の内」である。年神や祖霊を迎える行事の多い大正月に対し、小正月は豊作祈願などの農業に関連した行事や家庭的な行事が中心となる。松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、女正月という地方もある。かつて元服の儀を小正月に行っていたということから、1月15日は成人の日という国民の祝日となった。しかし、その名前から小正月との関連がわかりづらく、かつ、小正月自体がなじみが薄いものとなったこともあり、2000年から成人の日は1月第2月曜日に変更されている。
(以上、ウイキペディアによる)
⑤ 睦月は、親類知人が互いに往来し、仲睦まじくする月からとする説が有力とされる。その他、稲の実をはじめて水に浸す月で、「実月(むつき)」が転じたとする説。元になる月で、「もとつき」が「むつき」に転じたとする説がある。
(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/mu/mutsuki.html )
⑥ 一月は陰暦で睦月ともいった。古いことばで万葉集の歌にも出ているという。正月を迎えると、男女貴賤の別なく、互いに往来してむつまじくしたことから「むつび月」といわれていたのが語源である。 ちなみに、なんの不思議もなく使っている「正月」の語源をたずねると、意外や秦の始皇帝に関係があるという。政治に専心した始皇帝の生れた月が一月で、その月を「政月」といったらしい。それが「正月」と書かれるようになり、読みもショウガツになったという(日本国語大辞典)。
(若さの散歩道 http://www.hokuriku.ne.jp/kouyouan/sanpomiti53.htm)
⑦ 正月の語源は、事物の起源や語源・語義を解説した室町中期の類書「あいのうしょう」の説が有力とされる。それには、「政治に専念した秦の始皇帝の降誕の月をセイグヮツ(政月)と言っていたものが、正月と書かれるようになり、シャウグヮツと改められた」とある(正月の旧かなは、「シャウグヮツ」)。行事としての正月の由来は、歳神様を迎えその年の豊作を祈る「神祭り」によるものとされる。
(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/si/syougatsu.html)
「政月」の用例 高松大学紀要,45.271~293 憲法改正論議に向き合うために 野眞澄
⑧ 政治家個人では中曽根政首相の世界平和研究政の憲法改正政案(2005年政月),鳩山由紀夫民主党政代表の新憲法政案(2005年政月),また例えば地政選出国会議員平井たくや氏のひらたく未来憲法(2005年3月)などがある。
行政分野では全国知事会憲法問題特別委員会中間報告書(2005年10月)等が出されている。国立国会図書館報「主な日本国憲法改正政案及び提言」『調査と情報』474号(政治議会憲法室諸橋邦彦)は2001年政月から2005年2月までに公表された15件の日本国憲法の改正に関する政案及び提言を収録し,分類,概説を加えている。
(ww.takamatsu-u.ac.jp/nlibrary/kiyo/no45/no.45_271-293takano.pdf)
⑨ 同義語:新春・年明け・初春・春・陽春・歳旦・年初・年初・年頭・1月・睦月
正月とは本来、その年の豊穣〔ほうじょう〕を司る歳神様〔としがみさま〕をお迎えする行事であり、1月の別名です。現在は、1月1日から1月3日までを三が日、1月7日までを松の内、あるいは松七日と呼び、この期間を「正月」と言っています。地方によっては1月20日までを正月とする(二十日正月・骨正月)こともあります。
正月は家に歳神様をお迎えし、祝う行事です。歳神とは1年の初めにやってきて、その年の作物が豊かに実るように、また、家族みんなが元気で暮らせる約束をしてくれる神様です。正月に門松〔かどまつ〕やしめ飾り、鏡餅を飾ったりするのは、すべて歳神様を心から歓迎するための準備です。
そもそも、私たちの祖先は"全てのモノには命がありなんらかの意味がある"という「アニミズム」を信仰しており、作物の生命〔いなだま〕と人間の生命〔たま〕は1つのものであると考えていました。そのため、人間が死ぬとその魂はこの世とは別の世界に行き、ある一定の期間が過ぎると個人の区別が無くなり「祖霊」という大きな集団、いわゆる「ご先祖様」になると信じられていました。この祖霊が春になると「田の神」に、秋が終わると山へ帰って「山の神」に、そして正月には「歳神」になって子孫の繁栄を見守ってくれているのだと言います。
正月は、日本の行事の中で最も古くから存在するものだと言われています。しかし、その起源はまだ詳しく分かっていません。仏教が伝来した6世紀半ば以前より正月は存在していたと言われています。「お盆」の半年後にやってくる正月は、本来お盆と同じく「先祖をお祀りする行事」でした。しかし、仏教が浸透しその影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂蘭盆会〔うらぼんえ〕と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになったと考えられています。
また、現在のようなお正月の行事(門松やしめ飾り、鏡餅などを飾ること)が浸透したのは、江戸時代に入り庶民にも手軽に物品が手に入るようになってからのようです。1年の始めである正月は春の始まり、すなわち「立春」とも考えられており、人々は春の訪れがもたらす生命の誕生を心から喜びました。「めでたい(芽出度い)」という言葉は「新しい春を迎え芽が出る」という意味があります。また新年に言う「明けましておめでとうございます」という言葉は、実は年が明け歳神様を迎える際の祝福の言葉でした。つまり、神様への感謝の言葉を人々の間で交わすことにより、心から歳神様を迎えたことを喜びあったということです。 (日本文化いろは辞典 http://iroha-japan.net/ )
ウイキペディアより
>二十日正月とは、日本の行事。1月20日のことを指し、この日を正月の終りとなる節目の日とする土地も多い。
かつては正月の祝い納めとして仕事を休む物忌みの日であった。この日をもって正月の行事は終了する。
京阪神地方では、正月に用いた鰤の骨や頭を酒粕・野菜・大豆などと一緒に煮て食べることから骨正月・頭正月とも言う。他の地方でも、乞食正月(石川県)、棚探し(群馬県)、フセ正月(岐阜県)などと言って、正月の御馳走や餅などを食べ尽くす風習がある
鏡開き、鏡割りとは、正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事
小正月(こしょうがつ)とは、正月15日の行事である。 または、14日から16日までの3日間、または、14日の日没から15日の日没まで、または、望(満月)の日、または、元日から15日までの15日間ともされる。
左義長(さぎちょう、三毬杖)とは、小正月に行われる火祭りの行事。1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。
とんど(歳徳)、とんど焼き、どんど、どんど焼き、どんどん焼き、どんと焼き、さいと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。
20160106
>水爆実験を発表したニュースは号外となって、街をかけめぐった。
コンビニでコーヒを買って入れていたら、号外がバサッと届けられ、そこに水爆という、でか見出しの文字があった。
コーヒーが抽出されるのを待つ手が震えた。
朝鮮半島の北に起こる核実験である。
その後のニュースでその振動は4回目の地震波として似たものであるとのことであった。
つまり水爆と言うにはほど遠いものというわけであるが、メディアに向けた報道では当事者の発表通りの内容となって伝えられる。
おそがい、おどろどろしい、そういった言葉が、方言とも古語ともつかぬかたちで口をついて飛び出そうとしてくるのは、やはり動揺を与える出来事なのである。
恐懼して推し量るにも、それこそどうするつもりなのか、恐喝の武器にするためか、強大な兵器のもと抑制力という語がひとめぐりして、現実に大量殺戮の破壊が再び現れようとしている。
北朝鮮が「水爆実験に成功」と発表
2016年01月6日
http://www.bbc.com/japanese/35240113
20150106
>周年はめぐりくるものへのおもいなのだろう
新年にめぐってくるはわが球体のひとまわり
越年をことほぐ春の到来にひとびとの願いの
旧年としてすぎたた25000のひびにめぐりくる
本年の あけた日の出におめでとうございます
つつがなき皆様の健康と繁栄を願い申します
SNSに書きこんだ周年のこと、70周年を聞く年回りである。周年を10年とする、その区切りも、数字に意味があるということではない。ただ大震災から20年かと嘆息する、その時間をどうとらえ、おもいあわせるか、それがベトナム戦争の40年となると、時間の感覚がそのときの年齢に換算されるようになる、60年前にはその意味では小学生であるから、人々が自ら、その齢を思うことにつながるだろう。
20140106
>新幹線の写真と大見出しに映し出されたタバコのカラー写真、新聞の写真はカラー化が進んでいるから、新幹線とハイライトの色をあわせたわけである。20140106中日新聞トップ記事、見出しに、新幹線カラーは(写真、ハイライト)カラー 早く、新しく――旧国鉄秘話 と見える。リードには、新幹線の「青」は、ハイライトの「青」― とある。それに続けて、十月に開業五十年を迎える東海道新幹線で、開業前に車体の色が決まった経緯が、JR東海が保管する旧国鉄の内部資料で判明した、とある。スクープニュースなのだろう。その下には、見出しに、御殿障壁画 常設展示へ とあって、名古屋重文、新施設に とある。一面を飾る見出しはほかにない。コラム記事が始まっている。週明けのできごとはおだやかに始まるという趣向なのである。なお、朝日新聞の見出しもニュースは、米リニア計画 半額融資 日本政府 5000億円規模提案 と見える。
祝日法で正月は1月1日の祝いとなった。元旦だけが正月祝いというようなことだ。ハッピーマンデーで、1月二日も祝日だった2017年、正月三が日、松の内、七草がゆ、鏡開き、成人式、とんど焼、小正月、二十日正月、そして、正月のもろもろは終わる。
正月はいつからいつまで
正月3が日と言われる、正月そのものは3日間であると説明をして定着しているようだ。もとは松の内、注連縄飾りをつけている時期と地方によって異なるが、それを新暦に持ち込んで、関東を中心に7日までとし、関西を中心にして15日までとする。正月を月の名前とするなら、それは1月を意味していることになるが、正月祝いのためをもってするなら、家庭内の仕事を休める様子をも含めると、元旦から仕事始めまでとなる。
正月の準備が長いのは、それだけ時間がかかるということでもあろうけれど、旧暦での正月祝いを1月近くおこなったためであろう。親族一族が集い会う時間である。
正月は政治の始まり
正月の語を調べるとその意味は、次のようである。
しょうがち しやうぐわち 【正▽月】 「しょうがつ(正月)」に同じ。
しょうがつ しやうぐわつ 4 【正月】 (1)一年の最初の月。一月。睦月(むつき)。特に新年の祝いをする期間の、三が日あるいは松の内をいうことが多い。[季]新年。
しょうがつ-おくり しやうぐわつ― 5 【正月送り】 正月の終わりの日。正月祭事の締めくくりをする日。正月七日、一四日、一五日、二〇日など地域によって異なる。あがり正月。松納め。
しょうがつ-じまい しやうぐわつじまひ 【正月仕舞ひ】 正月の準備。新年を迎えるための支度。
しょうがつ-はじめ しやうぐわつ― 【正月始め】 陰暦一二月一三日の称。すす払い・門松迎え・炉の火改めなど、正月の用意を始める日。正月起こし。 (by 三省堂)
などが見られて、この辞書によれば正月の期間は、3が日、または正月の祭事を締めくくりとする7日、14日、15日、20日までと地域によって異なる。
この正月の事柄を検索すると、次のような説明がある。
① 欧米では1月1日の元日は休日であるが、翌1月2日から金融市場などは平常業務を開始する。正月はクリスマス休暇中の一つのイベントと位置づけられている。
② 1月1日:殆どの先進国で、グレゴリオ暦の初日が設定されている。
グレゴリオ暦は現在世界各国で使われている暦法で、それ以前に使用されていたユリウス暦に修正を加えた太陽暦の一種である。単に新暦 (英語:New Style、略称 N.S.、NS)と呼ばれる場合もある。ユリウス暦上の季節と実際の季節のずれが顕著になっていたため、トリエント公会議は教皇に暦法改正の業務を委託。教皇グレゴリウス13世はこれをうけて1579年にシルレト枢機卿を中心とする委員会を発足させ、研究を始めさせた。委員会の中には当時を代表する科学者であった天文学者アロイシウス・リリウスや数学者クリストファー・クラヴィウスらが含まれていた。委員会の作業の末、完成した新しい暦は1582年2月24日に発布され、同年10月4日(木曜)の翌日を10月15日(金曜)とすることが決定した。
1873年(明治6年)1月1日 - 日本で採用された。1912年(民国1年)1月1日 - 中国で採用された(中華民国が建国とともに採用、同年2月12日の清朝滅亡とともに国内全域で正式な暦となる)。
③ 中国・韓国において重要なのは旧正月(春節)であるが、元日も法定休日になっており、中国では「元旦」と呼ばれ、1日の休日、韓国においては「新正」と呼ばれ、1日の休日となっている。旧暦(日本では天保暦)の1月1日(立春前後、グレゴリオ暦(新暦)での2月頃)は旧正月と呼ばれる。中国、韓国、台湾などでは、新暦の正月よりも旧正月の方が重視される。お年玉もこの日に渡される。中国語は「春節」、「過年」、「農暦新年」という。また、1月 (旧暦)のことを「正月」と呼び(旧暦では「正月」が正式名、「1月」が異名である)、旧正月を「正旦」ともいう。日本でも沖縄県や鹿児島県の奄美諸島などの一部地域では旧正月を祝う地方がある。
④ 小正月(こしょうがつ)とは、正月の望の日(満月の日、旧暦一月十五日)のこと。現在は新暦1月15日に行われる場合もある。元日を大正月と呼ぶのに対してこのように呼ぶ。中国式の太陰太陽暦が導入される以前、望の日を月初としていたことの名残りと考えられている。なお、この小正月までが本来の松の内であり、近畿地方では現在でも1月15日の小正月までが「松の内」である。年神や祖霊を迎える行事の多い大正月に対し、小正月は豊作祈願などの農業に関連した行事や家庭的な行事が中心となる。松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、女正月という地方もある。かつて元服の儀を小正月に行っていたということから、1月15日は成人の日という国民の祝日となった。しかし、その名前から小正月との関連がわかりづらく、かつ、小正月自体がなじみが薄いものとなったこともあり、2000年から成人の日は1月第2月曜日に変更されている。
(以上、ウイキペディアによる)
⑤ 睦月は、親類知人が互いに往来し、仲睦まじくする月からとする説が有力とされる。その他、稲の実をはじめて水に浸す月で、「実月(むつき)」が転じたとする説。元になる月で、「もとつき」が「むつき」に転じたとする説がある。
(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/mu/mutsuki.html )
⑥ 一月は陰暦で睦月ともいった。古いことばで万葉集の歌にも出ているという。正月を迎えると、男女貴賤の別なく、互いに往来してむつまじくしたことから「むつび月」といわれていたのが語源である。 ちなみに、なんの不思議もなく使っている「正月」の語源をたずねると、意外や秦の始皇帝に関係があるという。政治に専心した始皇帝の生れた月が一月で、その月を「政月」といったらしい。それが「正月」と書かれるようになり、読みもショウガツになったという(日本国語大辞典)。
(若さの散歩道 http://www.hokuriku.ne.jp/kouyouan/sanpomiti53.htm)
⑦ 正月の語源は、事物の起源や語源・語義を解説した室町中期の類書「あいのうしょう」の説が有力とされる。それには、「政治に専念した秦の始皇帝の降誕の月をセイグヮツ(政月)と言っていたものが、正月と書かれるようになり、シャウグヮツと改められた」とある(正月の旧かなは、「シャウグヮツ」)。行事としての正月の由来は、歳神様を迎えその年の豊作を祈る「神祭り」によるものとされる。
(語源由来辞典 http://gogen-allguide.com/si/syougatsu.html)
「政月」の用例 高松大学紀要,45.271~293 憲法改正論議に向き合うために 野眞澄
⑧ 政治家個人では中曽根政首相の世界平和研究政の憲法改正政案(2005年政月),鳩山由紀夫民主党政代表の新憲法政案(2005年政月),また例えば地政選出国会議員平井たくや氏のひらたく未来憲法(2005年3月)などがある。
行政分野では全国知事会憲法問題特別委員会中間報告書(2005年10月)等が出されている。国立国会図書館報「主な日本国憲法改正政案及び提言」『調査と情報』474号(政治議会憲法室諸橋邦彦)は2001年政月から2005年2月までに公表された15件の日本国憲法の改正に関する政案及び提言を収録し,分類,概説を加えている。
(ww.takamatsu-u.ac.jp/nlibrary/kiyo/no45/no.45_271-293takano.pdf)
⑨ 同義語:新春・年明け・初春・春・陽春・歳旦・年初・年初・年頭・1月・睦月
正月とは本来、その年の豊穣〔ほうじょう〕を司る歳神様〔としがみさま〕をお迎えする行事であり、1月の別名です。現在は、1月1日から1月3日までを三が日、1月7日までを松の内、あるいは松七日と呼び、この期間を「正月」と言っています。地方によっては1月20日までを正月とする(二十日正月・骨正月)こともあります。
正月は家に歳神様をお迎えし、祝う行事です。歳神とは1年の初めにやってきて、その年の作物が豊かに実るように、また、家族みんなが元気で暮らせる約束をしてくれる神様です。正月に門松〔かどまつ〕やしめ飾り、鏡餅を飾ったりするのは、すべて歳神様を心から歓迎するための準備です。
そもそも、私たちの祖先は"全てのモノには命がありなんらかの意味がある"という「アニミズム」を信仰しており、作物の生命〔いなだま〕と人間の生命〔たま〕は1つのものであると考えていました。そのため、人間が死ぬとその魂はこの世とは別の世界に行き、ある一定の期間が過ぎると個人の区別が無くなり「祖霊」という大きな集団、いわゆる「ご先祖様」になると信じられていました。この祖霊が春になると「田の神」に、秋が終わると山へ帰って「山の神」に、そして正月には「歳神」になって子孫の繁栄を見守ってくれているのだと言います。
正月は、日本の行事の中で最も古くから存在するものだと言われています。しかし、その起源はまだ詳しく分かっていません。仏教が伝来した6世紀半ば以前より正月は存在していたと言われています。「お盆」の半年後にやってくる正月は、本来お盆と同じく「先祖をお祀りする行事」でした。しかし、仏教が浸透しその影響が強くなるにつれて、お盆は仏教行事の盂蘭盆会〔うらぼんえ〕と融合して先祖供養の行事となり、正月は歳神を迎えてその年の豊作を祈る「神祭り」としてはっきり区別されるようになったと考えられています。
また、現在のようなお正月の行事(門松やしめ飾り、鏡餅などを飾ること)が浸透したのは、江戸時代に入り庶民にも手軽に物品が手に入るようになってからのようです。1年の始めである正月は春の始まり、すなわち「立春」とも考えられており、人々は春の訪れがもたらす生命の誕生を心から喜びました。「めでたい(芽出度い)」という言葉は「新しい春を迎え芽が出る」という意味があります。また新年に言う「明けましておめでとうございます」という言葉は、実は年が明け歳神様を迎える際の祝福の言葉でした。つまり、神様への感謝の言葉を人々の間で交わすことにより、心から歳神様を迎えたことを喜びあったということです。 (日本文化いろは辞典 http://iroha-japan.net/ )
ウイキペディアより
>二十日正月とは、日本の行事。1月20日のことを指し、この日を正月の終りとなる節目の日とする土地も多い。
かつては正月の祝い納めとして仕事を休む物忌みの日であった。この日をもって正月の行事は終了する。
京阪神地方では、正月に用いた鰤の骨や頭を酒粕・野菜・大豆などと一緒に煮て食べることから骨正月・頭正月とも言う。他の地方でも、乞食正月(石川県)、棚探し(群馬県)、フセ正月(岐阜県)などと言って、正月の御馳走や餅などを食べ尽くす風習がある
鏡開き、鏡割りとは、正月に神(年神)や仏に供えた鏡餅を下げて食べる、日本の年中行事
小正月(こしょうがつ)とは、正月15日の行事である。 または、14日から16日までの3日間、または、14日の日没から15日の日没まで、または、望(満月)の日、または、元日から15日までの15日間ともされる。
左義長(さぎちょう、三毬杖)とは、小正月に行われる火祭りの行事。1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。
とんど(歳徳)、とんど焼き、どんど、どんど焼き、どんどん焼き、どんと焼き、さいと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。
20160106
>水爆実験を発表したニュースは号外となって、街をかけめぐった。
コンビニでコーヒを買って入れていたら、号外がバサッと届けられ、そこに水爆という、でか見出しの文字があった。
コーヒーが抽出されるのを待つ手が震えた。
朝鮮半島の北に起こる核実験である。
その後のニュースでその振動は4回目の地震波として似たものであるとのことであった。
つまり水爆と言うにはほど遠いものというわけであるが、メディアに向けた報道では当事者の発表通りの内容となって伝えられる。
おそがい、おどろどろしい、そういった言葉が、方言とも古語ともつかぬかたちで口をついて飛び出そうとしてくるのは、やはり動揺を与える出来事なのである。
恐懼して推し量るにも、それこそどうするつもりなのか、恐喝の武器にするためか、強大な兵器のもと抑制力という語がひとめぐりして、現実に大量殺戮の破壊が再び現れようとしている。
北朝鮮が「水爆実験に成功」と発表
2016年01月6日
http://www.bbc.com/japanese/35240113
20150106
>周年はめぐりくるものへのおもいなのだろう
新年にめぐってくるはわが球体のひとまわり
越年をことほぐ春の到来にひとびとの願いの
旧年としてすぎたた25000のひびにめぐりくる
本年の あけた日の出におめでとうございます
つつがなき皆様の健康と繁栄を願い申します
SNSに書きこんだ周年のこと、70周年を聞く年回りである。周年を10年とする、その区切りも、数字に意味があるということではない。ただ大震災から20年かと嘆息する、その時間をどうとらえ、おもいあわせるか、それがベトナム戦争の40年となると、時間の感覚がそのときの年齢に換算されるようになる、60年前にはその意味では小学生であるから、人々が自ら、その齢を思うことにつながるだろう。
20140106
>新幹線の写真と大見出しに映し出されたタバコのカラー写真、新聞の写真はカラー化が進んでいるから、新幹線とハイライトの色をあわせたわけである。20140106中日新聞トップ記事、見出しに、新幹線カラーは(写真、ハイライト)カラー 早く、新しく――旧国鉄秘話 と見える。リードには、新幹線の「青」は、ハイライトの「青」― とある。それに続けて、十月に開業五十年を迎える東海道新幹線で、開業前に車体の色が決まった経緯が、JR東海が保管する旧国鉄の内部資料で判明した、とある。スクープニュースなのだろう。その下には、見出しに、御殿障壁画 常設展示へ とあって、名古屋重文、新施設に とある。一面を飾る見出しはほかにない。コラム記事が始まっている。週明けのできごとはおだやかに始まるという趣向なのである。なお、朝日新聞の見出しもニュースは、米リニア計画 半額融資 日本政府 5000億円規模提案 と見える。