つれづれごと。

SD他、管理人葉月の日常の中で思うことを綴ります。※SDに関しては、必ず5/29「はじめに」をお読み下さい。

洗礼式の準備

2006-04-12 01:23:15 | キリスト教(カトリック)
先週から、カトリック要理のお勉強に通っています。
今日が最終日。
洗礼式は一度参加していますが、式次第の説明をして頂きました。

代母さんは、その日に神父様がお願いして下さるようで、ひと安心しました。
結婚して今の土地に来たので、主人も私も知り合いがまったくいないので。
一緒に洗礼をうけるFさんは、お母様に代母をお願いするのとのこと。
ちょっと羨ましいかも。

カトリックの洗礼ですので、洗礼式でベールを頂くのですが、ベールは自分で用意していいのか?と思っていたら、Fさんが神父様に質問してくれました。
なんとびっくり、教会で用意して下さるようで、私たちは心の準備だけして臨めばよいとのこと。これもまた、ほっとして、嬉しかったです。

帰りに主人とミスドに寄ったら、初めてふわふわクッションが当たりました。
イエス様からのプレゼント?みたいな気分になってしまい、嬉しくなってしまいました(←単純すぎるかな?)。

明々後日には洗礼です。
今から緊張しても仕方ないのですが、考えるたびどきどきしています…。
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懐かしのゲーム

2006-04-10 00:37:48 | ゲーム
ここしばらくサターンの「エイナスファンタジーストーリー」をやっていましたが、急に思い立ってPCエンジンの「聖夜物語」が欲しくなり、探しました。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、「エイナスファンタジーストーリー」はPCエンジンの「聖夜物語」をサターンに移植したものです。
イベント等、サターン版の方が多いそうなのですが、元々のゲームと絵が違う可能性があり、偶然古本屋で見かけたムック本の絵はどう見てもエイナスよりアニメっぽく、実物が見たくなったのです。

しかし、PCエンジンは当時は高価で手を出さなかったのですが、中古でもやっぱり高価でした(苦笑)。
ソフトも結構高いのですが、幸いお値打ち価格で手に入ったので、届いた今日、早速始動…。

やはりPCエンジンはアニメですね~。
何か嬉しい。
キャラはメインキャラの絵はサターン版より好みです。
お年寄りはサターン版の方が好き。
声優さん達はPCエンジン版の方が自然な演技ですね。

また眠らない日が増えそうです(笑)。
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『パッション』を見て。

2006-04-09 00:54:19 | キリスト教(カトリック)
昨年末、『ナザレのイエス』と『パッション』のDVDを買って、『ナザレのイエス』の方だけ観たので、『パッション』の方を今日観ました。

…。
え~、本当に、パッションという名前通り、「受難」しか描いてません。
聖書を読んだことのない人が観たら、さっぱりわからない構成です。

「受難」は本当にリアルです。
特に鞭打ちのシーンとゴルゴダの丘へ行くところが。
観ていて辛いです。

が。
題名通り、といえばその通りなんですが、受難の後、墓石がずれて布からイエス様が抜け出した?ところで終わりなのがちょっと…。
私的にはカタルシスにならなかったのでがっかりです。
せめてマグダラのマリアに会う位まではやって欲しかった…。
まぁ、そうなると題名からずれるかもしれませんが。
復活シーンをちゃんと描いたのは画期的かもしれませんけど。

観る方は福音書を読んでから観るのをお勧めします。
キリスト者の方は…心臓の弱い方は観ない方がいいと思います。
求道者の私ですら、ロザリオひっつかんで観ましたので。

映画としては、観客を選ぶ映画だと思います。
物語としてまとまってはいませんが、映像表現はよく考えられている映画です。
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転換期?

2006-04-05 16:31:22 | ゲーム
ネットで見た記事で、不思議に思ったもの。

最近のゲーム業界は、性能追求から、面白さ重視の原点回帰、だそうだ。
映像表現や複雑な操作性よりも、ゲームの面白さそのものが大事、だと。

当たり前だ。

ニンテンドーDSが売れて、PS2の方は売れ行きが伸び悩んでいるらしい。

操作性については、以前姉と話したことがある。
甥がPSの操作が難しい、と言っている、と聞いて、一瞬え?と正直思った。
が、よく考えれば、FC時代からゲームをやっている人間は、だんだんレベルアップする機会に慣れていったから、楽で当たり前なのだ。
最初からたくさんのボタンを覚えなければならない、今の子供達には、複雑で大変だ、と思われるのも無理はない。

映像表現については、ずっと私が思っていたことだ。
綺麗な画面は、確かに嬉しい。でも、人形(最近の3Dはよくできているが、本物の人間とはちがって、完璧に左右対称で、かえって私のようなイラスト好きには気持ち悪い)を操作したい訳ではない。
どんなにコンピュータで美しい映像を作ったとしても、本物の景色や人間には遠く及ばない。

そして、私はゲームをしたいのであって、映画を見たい訳ではないから、映像表現に凝って貰っても面白くない。
大体そんなの、一度観れば十分で、二度三度と繰り返されると、ゲームをしている方にはうっとうしいのだ。
で、大体にして映像表現に凝ったゲームは、その映像が見せたいから、プレイヤーがそれを飛ばすのを許さない。
キャッシュも長々と見せる。
…プレイヤーの気持ちに立つということを、忘れているのではないだろうか??

最近昔のゲームを引っ張り出してきてやっているが、昔の方が映像はいまいちでも、作りが丁寧で面白い。

作り手が作りたいものを作る、のは大事だが、プレイヤーのことを考えられないなら、いいものはできないし、いずれゲームそのものが飽きられていくだろう。
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