上海下町写真館2010

上海より半年ぶりに帰国しました。マイペースで故郷の風景や歴史などをご紹介します。

「切磋琢磨」:上海ライブ2014年ダイジェスト(8)

2014年01月24日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.寒空の下、行商の屋台に造られた机で一心に勉強に励む子供2人、兄弟でしょうか。

2.恐らく父親でしょう、子供たちの勉強を見ています。


話は長くなりますが、
中国では戸籍の移動が認められていませんので、上海の実人口2500万人の内、上海戸籍の人口は1500万人なので、1000万人が地方からの出稼ぎ労働者になります。
(数字は中国の公式発表で出稼ぎ1000万人は居住登録者です。それ以外に居住登録をしていない出稼ぎ者がどれほどいるかは把握できないようです。)
上海戸籍がない労働者の子供は上海の学校には入学できませんので、両親が出稼ぎであれば田舎で祖父母が育てるのが普通です。

撮影日は日曜日なので、恐らくこの子たちは上海近郊に住んでいて、両親の日帰り仕事について来ているのでしょう、その合間にも特製の机で宿題に励んでいます。
同じような風景を市内の別の場所でも見たことがありますが、学歴社会の中国では貧乏から抜け出すためにも子供たちは勉強に励まなければなりません。
中国人たちの「逞しさ」の一部を見たような気がします。

撮影:CANON PowershotS100

上海ライブ2014:「行列のできる焼栗店」-虹口区北海寧路

2014年01月20日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.租界時代、この辺りは日本の旅館などが軒を連ねていました。

2.今日は50人ほどの行列ができています。


売られているのは2種類だけですから回転は速いです。

3.店の中はこれから焼く栗が山積みです。


数台の窯がフル回転です。

4.売られているのは大きさの違う2種類の栗。



5.右の小さなほうが高いです。



6.左の人気のある大きな栗を買いました。



7.冷めない内に食べると柔らかくて美味しいです。



8.店のすぐ隣、呉淞路角には回族の露店が出ています。



撮影:CANON Powershot S100

上海ライブ2014:「変わりゆく下町」虹口区乍浦路

2014年01月18日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.乍浦路の中心「塘沽路」付近から南側を撮影。右手の9階建て建物は1931年に建築された旧「ピアス・アパート」、現「浦西公寓」。
建設当時は7階建てで、外国人向けの高級アパートでした。優秀歴史建築にも指定されています。

2.更に南の武昌路北東角には高層マンションが完成しました。



3.武昌路北西角はこれから取り壊しが始まるようです。


壁に書かれた赤い「拆」の文字は取り壊す建物を表します。

4.北に行った崑山路南東に建つ「254号住宅」。



5.金色のドームを持った独特のスタイルです。



6.優秀歴史建築のパネルが見えます。



7.同じ下町でも租界の下町は華界の下町と比較し、ちょっと高級そうな雰囲気です。



8.「254号住宅」の東には「宋家三姉妹」の父、「宋耀如」が牧師をしていた教会「景林堂」が見えます。。



9.崑山路交差点から東、呉淞路の眺め。


乍浦路は東の呉淞路と西の四川北路の間にある狭い通りで、再開発が遅れ租界時代の雰囲気を残しており見どころもたくさんあります。
しかし、この雰囲気が感じられるのも、そう長い時間は残されていないでしょう。

撮影:CANON PowershotS100

上海ライブ2014:旧「薬水弄清真寺」普陀区のイスラム寺院

2014年01月13日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.長寿新村の隣にありました。現在は「濾西清真寺」となっています。

2.ドームと尖塔がイスラム寺院の特徴を表しています。



3.「濾西清真寺」の由来が詳しく書かれています。


「民国3年(1914年)前後、湖北、山東、湖南、安徽省から上海へ来たイスラム教徒が西康路一帯に多く住んでいましたが、宗教生活上必要となり、湖北省の教徒が小屋を借り臨時の礼拝所を造りました。
1921年前後、上海清真寺董事達が2000元の募金を集め、この地に10年間の借地をし、1922年7月にこの寺を建立しました。
その後、1935年と1947年に改修を行い、200人が同時に礼拝できる大殿もでき、土地の権利も取得しました。
1949年中華民国建国後も改修を行い、文化大革命終了後の1979年には宗教活動を再開しました。
1990年、上海市の区画整理に伴い普陀区政府はこの地に上海第一のイスラム寺院の建築を決定し、1992年4月に再建されました。
再建時は普陀区政府、市民委、上海市イスラム教各部門、国内外教徒の経済的支援を受けました。<中略>
現在上海には7棟のイスラム寺院があり、10万人以上の教徒が活動しています。」

4.礼拝堂の入り口。


寺院の方が熱心に説明をしてくれましたが、悲しいかな私の中国語能力ではほとんど聞き取れませんでした。
礼拝堂に入りたかったのですが、遠慮して外部から撮影しました。

5.中国が多民族国家であることがわかりますね。


中国は92%を占める漢民族と55の少数民族が共存しています。
イスラム教徒は「回族」と呼ばれますが、習慣として豚肉を食べません。三国志などにも出てくる精かんな騎馬兵の末裔でしょうか。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

上海ライブ2014:普陀区「長寿公園」

2014年01月11日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.公園の題字もちょっと「こじゃれた」感じですね。

2.弧形に池が造られています。



3.中央が円形の舞台のようになっていて、ウッドデッキにベンチが置いてあります。



4.外周はウォーキング用に歩数表示があります。


運動と体重、節煙と塩・油の取りすぎの注意喚起が書かれています。

5.芸術的?な塑像も色々とあります。



6.入り口正面にある老夫婦の塑像。


「人は皆、黄昏を迎える時が来る。子孫に敬老の心を伝えよう」と足元に書かれています。
健康で長寿、「偕老同穴」が理想ですね。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

マンションも「ワイルドだぜぇ~」普陀区長寿路:上海ライブ2014年ダイジェスト(6)

2014年01月10日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.マンションの壁を岩山にしてしまいました。上海式「遊び心」でしょうか。

2.右端に見えるのがそのマンションですが、お正月早々「長寿路」とは何とも縁起の良い名前ですね。


この辺り、蘇州河以南は1899年に共同租界の拡張で租界内に取り込まれました。
蘇州河の水運を利用した工業地帯となり、日本資本の紡績工場が集まり多くの工場労働者が生まれ、共産党が発展する揺りかごともなりました。

3.常徳路を北にすぐ長寿新村という小地区がありました。



4.その由来について。。。


「解放前(新中国建国前)、この辺りは<薬水横丁>と呼ばれる上海最大の<貧民窟>で4000戸以上のバラックが密集していました。
解放後、上海はこの地区の環境改善に取組み一定の成果をあげましたが、1985年からこの地区の再開発に取り掛かりました。
10年後40棟の高層マンションが林立し26万m2の住宅を完成させ、緑地も増え環境良好な住宅地が誕生しました。」とさ。

5.日当たりもよく、素晴らしい住宅ですね。


上海戸籍の住民は1500万人だそうですが、その内、どれほどの人がマンションも手に入れ、車も買い、海外旅行もでき生活が豊かになったのか知りませんが、次に欲しいのはやはり健康です。
貧困を克服した長寿路ではいったいどんな生活が送れるのでしょうか。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

上海ライブ2014:消え行く下町「黄浦区外倉橋街」界隈

2014年01月06日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.この辺りではでは車がすれ違える幅の道路は「路:ルゥ」、それより狭い道は「街:ジエ」、人が通れるだけの道は「弄:ロン」と呼ばれているようです。
夕方、道の両側には反物を売る露店が並び仕入れに来る客で賑わっていますが、放課後子どもを迎えに行った親子が帰宅を急いでいます。

2.再開発は通りの東側まで住宅の取り壊しが来ています。


租界時代はこの辺りは黄浦江まで倉庫などが並んでおり、港湾に従事する人たちが住んでいたのかもしれません。

3.この写真を白黒にすると、日本の終戦直後と見間違えるかもしれませんね。



4.洗濯ものが干してあるこの家は、まだ住人がいるのでしょう。


上海市の実人口は2500万人に達したそうですが、この内1000万人が上海戸籍を持たない地方からの出稼ぎ者で、こういった場所に仮住まいをしているのかも知れません。

5.こんな場所にも日本の高級車が止まっているのが上海らしいです。



6.既に北側はこの辺りまで高層マンションが押し迫っています。



7.以前、地元TVで「上海人が初めて清掃員に就いた」と報道していましたが、上海人の生活はサービス業などのかなりの部分が地方からの出稼ぎ労働者に支えられています。



8.立派な「弄堂:ロンタン=上海風煉瓦造り住宅」ですが取り壊さずに保存されるのでしょうか。(HDR画像処理)


「新開地」に行けば、これと同じような建物で食事をすることができます。

9.数年後、ここはおしゃれな繊維街になっているかもしれませんね。



撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

龍華寺より謹賀新年:上海ライブ2014

2014年01月01日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.龍華寺のシンボル「龍華塔」。
龍華寺の南側に建つ七層41mの塔で、北宋時代太平興国二年(西暦977年)の建立と伝えられています。

龍華寺は三国東呉赤鳥五年(西暦242年)の創建と伝えられています。現存する建築は清末民国初めのもので、宋代禅宗の七堂伽藍の様式を今に伝えています。
しかし、文化大革命の頃に仏像や仏具はほとんど破壊尽くされたそうです。
1979年以降修復され、宗教活動も活発で、春節大晦日の参拝客の人出は上海一のようです。

2.龍華寺入口「大牌楼」。


「大牌楼」の後ろに「山門殿」「天王殿」「大雄宝殿」「三聖殿」「華林丈室」「蔵経楼」と七堂が続きます。

3.阿弥陀菩薩を安置する「天王殿」、それを守る四天王神を配置しています。


以下、四天王神をご紹介します。 

4.白「北方多聞天王」雨傘を手に持つ。福徳財富の神。大衆の財富を保護する。雨傘は<雨>を表し<財富>を意味します。 


雨が財富とは、やはり農耕民族の思考でしょうか。

5.赤「西方広目天王」神龍を手に持つ。世界を観察し大衆に加護を与える。神龍は<順>を表し、<智慧>を意味します。



6.青「東方持国天王」枇杷を手に持つ。常に慈悲の心を持ち大衆を保護する。枇杷は<調>を表し、<守護>を意味します。



7.黒「南方増長天王」剣を手に持つ。大衆に善の心を根付かせ、仏法を護持する。宝剣は<風>を表し<威徳>を意味します。


中国仏教用語が意味深淵なので、薄学で無宗教の私は納得できる日本語に翻訳できませんでした。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

ご挨拶

2007年から始めた「上海下町写真館」ですが、読者の皆様のお蔭で7年目を迎えることができました。
改めてお礼を申し上げるとともに、今後も「上海下町写真館2010」を宜しくお願いします。

上海からのアクセス制限があり、2010年から「gooブログ」を利用していますが、そろそろ画像フォルダーの容量が無料制限を超えそうになってきました。
今年春帰国頃は「上海下町写真館2014」に転居するかもしれませんが、その時は改めてご案内します。

時間は止められない:上海ライブ2013年ダイジェスト(3)

2013年12月20日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.「時間は止められない」
写真の時計は止められても、私の時間は止められません。初めて上海を往訪してから、すでに干支は一回りしてしまいました。

2.「貴方にメリークリスマス」
「風を写しに来ました」もEOS70DのCM妻夫木君の言葉。


実際に写っていないものまでも感じ取ることができる写真って最高ですね。

3.「窓辺の故事」
1枚の写真でストーリーが連想できる写真を撮影できるようになりたいです。


「一コマ漫画」ってすごいですね。

しかし、写真と一口で言っても音楽と同じで色々なジャンルがあります。
例えば使用目的からでも「商業写真」「報道写真」「芸術写真」や町の写真館の「記念写真」や個人の「趣味」などなど。
被写体からでも「風景」「動物」「植物」「人物」「乗り物」「静物」「旅行」「スポーツ」「イベント」などなど。
デジカメやスマホが普及した現代では、すべての人が自分の好きな被写体を撮影する「カメラマン」ですね。

私の場合は主な使用目的は「ブログ」ですが、常にカメラを持ち歩き、撮影した日付別に保存し「日記代わり」になっていますが、
「美しい風景」や「感動的な瞬間」など、そう毎日撮影できるものではありませんね。
デジカメを購入した2002年頃からの写真が8万枚ほどPCに保存してありますが、
昨年5月に購入したカメラのカウンターが最近0になったので、1年半で1万枚、サブのコンデジも合わせるともう少し多いでしょうか。
やはり上海へ来ると月に1000枚位は撮影していますが、今年は現在までに7000枚。
大切な人生の記録、私の「宝物」です。

カメラを持って散歩をしていると、必ず面白いものを発見しますが、それは私が外国人でここが上海だからでしょう。
自分が撮影した一枚の写真について「なぜそれを撮影したか?」を説明しなければなりませんが、
被写体が「歴史的建築」の場合は「歴史に興味があった」と答えるしかありません。
すべての写真が「美しく、感動的」である必要はないと思いますが、何かしら訴えるものは必要でしょうね。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

上海の住所番地:上海ライブ2013年ダイジェスト(2)

2013年12月13日 08時36分31秒 | 上海街角スナップ
1.淮海中路845

「紅房子西菜館」は上海でも有名なフランス料理レストランです。
4車線の道路の反対側からの撮影ですが、道路標識の番地が写真を拡大しなくてもはっきりと識別できます。
「CANON Powershot S100」は胸ポケットにも入るコンデジですが、写りの良さを再認識しています。

24mmスタートのレンズが搭載されたので昨年購入しましたが、新型のS120は連射などが強化され更に魅力的になっています。
ともあれ、光の条件さえ悪くなければ、今後もS100は街歩きや料理の撮影に多用できそうです。

以前もブログで書きましたが、上海の旧市街地の住所番地は決まったルールがいくつかあり、その中の一つ。
東西の道路:東に背を向けて右手が偶数、左手が奇数番地で前(西)に大きくなっていきます。
      つまり、外灘が基準となっており、845の右(西)は847で、846番は道の反対側になります。
南北の道路:延安路が基準です。
      つまり、英国租界とフランス租界の境界が基準で、延安路に背を向けて右手が偶数、左手が奇数で前に大きくなります。
      従って、延安路の南北では偶数と奇数の場所が東西逆になります。ちょっとややこしいですか?
  
これだけ覚えておけば街歩きは迷子になりません。

2.百円ショップ


今回の滞在で目に付いたのは日系サービス業の更なる進出でした。
味千ラーメンの成功が導火線になったのか、すぐ近くのデパ地下にうどんチェーン店が開店していました。

次回時間があれば100円ショップを覗いてみたいですが、相変わらず日本製品の注目度は高いようです。

雑談ついでに。
以前地元TVで街角レポートをやっていました。
冷蔵庫などに使う「食品ラップ」を「上手に切れるか」通行人に試させてましたが、中国製品はスパッと切れません。
みんな「ぐちゃぐちゃ」になってしまいます。
日本のお土産に100円で買えるラップを持参すると喜ばれます。

見かけは同じでも、日本製品は性能や機能が違います。「日本人って、すごいなー。」

日本で何気なく使っているマーガリンのケースにはバターナイフ用の切れ込みがありますね。
上海で購入する製品はいつも購入後「はさみ」で切っています。
10年前はそのバターナイフがスーパーなどで売っていませんでした。

撮影:CANON PowershotS100

上海ライブ2013:雲海の朝-黄浦区海潮路

2013年12月11日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.黄浦江近くの高層マンションの下の部分に霧が流れ、まるで海に浮かぶ島のようです。

2.昨日は低気圧が上海の北を通過したのでしょうか、南から暖かい空気が流入し湿度が高かったようです。


自室北側の霧はさほどではありませんので、黄浦江の湿度の関係もあるのかもしれません。

3.エアコンが示す現在の外気温は10度以上。


地表部分とはかなり差があったのでしょう

4.10年近くここに住んでいますが、珍しい自然現象です。やはり大気汚染の影響なのでしょうか。


これから「霧のロンドン」ならぬ「霧の上海」が有名になるかもしれませんね。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

今日の一枚:上海ライブ2013年ダイジェスト(1)

2013年12月08日 11時17分50秒 | 上海街角スナップ
1.海潮路バス停前

最近は屋台の取り締まりも行われているようですが、下町のバス停近くには今でも屋台が営業しており、出勤途上の忙しい客などがテイクアウトの焼餅を買い求めています。

撮影:CANON PowershotS100

2.浦江飯店

虹口区に建つ租界時代中国一の洋風ホテル。


影を消してしまう現実離れしたHDR画像が良く似合う建物だと思います。

2.以下、撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

上2枚の写真は上海の「今」と「過去」を対比していますが、24mmからの便利ズームを使用しているとどうしても引いて全体を撮影してしまいます。
写真のマンネリ化を打破するために単焦点レンズを使用しても良いかなと考えていますが、
街歩きで被写体を次々に変える癖が、距離的にも内容的にも被写体に一歩踏み込もうとする意志を希薄にしているかもしれません。

3.いつも「説明的」写真ばかりなので「抒情的」な写真にも挑戦したいと思っていますが、この1枚は如何でしょう。



4.舞台裏を明かせばこの1枚をトリミングしています。


高性能のカメラとレンズとPCのお蔭で「被写体に迫った」ように見えたでしょうか。(自嘲)

コンデジのS100は持ち歩くには便利で、1枚目や料理などの近景にはそこそこの映像を出してくれますが、遠景は限界があります。
最近はミラーレスの「EOS M2」と「SONY α7」が気になっているところです。

上海ライブ2013:浦東新区「濱江公園」

2013年12月07日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
2.黄浦江の西側は旧市街で「浦西:プーシー」と呼ばれ、上海人は今でも浦西に住むのに拘ります。隅田川を挟む東京と似ているかもしれません。


東側は「浦東:プートン」と呼ばれ、今では金融街となり次々に高層ビルが建ち並び発展し続けています。

3.錨のモニュメント。そうです、上海は横浜や神戸と同じ港町だったのです。


以前に比べると、観光客がずいぶんと増えた印象です。

4.黄浦江の対岸(浦西側)はちょうど外灘が正面に見え、川岸のベンチは空きが在りません。


夜景の頃はカップルで一杯かもしれませんね。

5.租界当時、黒船やジャンクが行き交った黄浦江、休日ともなれば遊覧船は観光客で満杯です。


新しい形の遊覧船が次々に就航しています。

6.時間があればカフェでのんびりと夕日が沈むまで、行きかう遊覧船や貨物船を眺めているのもよいかもしれません。



撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4L

上海ライブ2013:「我愛上海」黄浦区外灘

2013年12月04日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.対岸のビル壁面に映し出される巨大な電飾アートはインパクトがあります。

2.南京東路が外灘(中山東路)にぶつかる所辺りから遊歩道の上を南へ歩きます。



3.上海のランドマークとも言える「東方明珠電視塔」が間近に見えます。



4.遊歩道では相変わらず結婚アルバムの撮影が盛んです。



5.黄浦江は今でも水上交通の要路で、潮の満ち引きに合わせて大型の貨物船が航行しています。



6.今回残念だったのは税関の隣にある外灘を代表する「上海浦東開発銀行(旧香港上海銀行上海支店)」のドーム照明が消灯していたことです。



7.遊歩道は南に延伸し、豫園近く(新開河)から観光船が発着する十六舗辺りまで散策できます。



8.観光船から両岸の景色をパノラマのように見るのも良いでしょうね。


帆船からドラゴンボートなど色々なタイプの遊覧船が就航しています。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4 IS

上海ライブ2013:「天気晴朗なれど...」黄浦区海潮路

2013年12月02日 06時00分00秒 | 上海街角スナップ
1.しばらく雨が降らないと、午前中でも遠くは霞んでいます。南側のマンションの新築工事は依然続いています。

2.夕焼けも余り綺麗ではありませんね。


スモッグはあちこちで行われている建設工事の砂ぼこりの影響が大きいと思います。

3.夜の帳が下りれば、夜景は以前と変わらないです。


あまり寒くならないうちに外灘の夜景を撮りに行きたいものです。

撮影:CANON EOS5DIII + EF24-105mmF4L